・・・若くて禿頭の大坊主で、いつも大きな葉巻を銜えて呑気そうに反りかえって黙っていたのはプリングスハイムであった。イグナトフスキーとかいうポーランド人らしい黒髪黒髯の若い学者が、いつか何かのディスクシオンでひどく興奮して今にも相手につかみかかるか・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・と云う表情を、日にやけた小癪な反り鼻のまわりに浮べる。 もう一遍、さも育ちきった若者らしく、じろりと私に流眄をくれ、かたりと岡持をゆすりあげ、頓着かまいのない様子で又歩き出す。三尺をとっぽさきに結んだ小さい腰がだぶだぶの靴を引ずる努力で・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・聖画屋の番頭はそれを知ると、この反り鼻の小僧を呼びつけて言いわたした。「お前は抜萃帖か何か作ってるそうだが、そんなことはやめちまわなくちゃいけない。いいかね? そんなことをするのは探偵だけだ」 聖画店の主人は五留の給金を無駄にしない・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・が、それと知った聖画商の番頭は、奇妙な反り鼻の小僧を呼びつけて、云いわたした。「お前は抜萃帖か何かを作っているそうだが、そんなことはやめちまわなくちゃいけない。いいか? そんなことをするのは探偵だけだ!」 一八八一年、ゴーリキイが十・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの人及び芸術」
・・・ この開成山の村役場というのが、そんな東北の開墾村の役場にふさわしくないような三階建てで、屋根はコバ葺きながらなだらかな反りを松の樹蔭に陰見させている。一里ばかり離れた郡山の町から一直線の新道がつくられて、そのポクポク道をやって来たもの・・・ 宮本百合子 「村の三代」
・・・ いつかはまた、ちょっとした子供によくある熱に浮されて苦しみながら、ひるの中は頻りに寐反りを打って、シクシク泣ていたのが、夜に入ってから少しウツウツしたと思って、フト眼を覚すと、僕の枕元近く奥さまが来ていらっしゃって、折ふし霜月の雨のビ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫