・・・ちょうど田舎の呉服屋みたいに、反物を売っているかと思うと傘を売っておったり油も売るという、何屋だか分らぬ万事いっさいを売る家というようなものであったのが、だんだん専門的に傾いていろいろに分れる末はほとんど想像がつかないところまで細かに延びて・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・枡を持ち出して、反物の尺を取ってやるから、さあ持って来いと号令を下したって誰も号令に応ずるものはありません。寒暖計を眺めて、どうもあの山の高さはよほどあるよと云う連中は、寒暖計を験温器の代りにして逆上の程度でも計ったらよかろうと思う。もっと・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・「あなた、支那反物よろしいか。六神丸たいさんやすい。」 山男はびっくりしてふりむいて、「よろしい。」とどなりましたが、あんまりじぶんの声がたかかったために、円い鈎をもち、髪をわけ下駄をはいた魚屋の主人や、けらを着た村の人たちが、・・・ 宮沢賢治 「山男の四月」
・・・ きのう用事があって高島屋の店の前を歩いていたら、横の方の飾窓に古い女帯や反物の再生法の見本が陳列されていた。染物講習会が開催されているのであった。時節柄だなアという感想を沁々と面に浮べていろんなひとたちが見て通った。すると、その横の入・・・ 宮本百合子 「新しい美をつくる心」
・・・優婉な紫の上が光君と一緒に、周囲の女性たちにおくる反物を選んでいるところはあるけれど、落窪物語はやはり王朝時代に書かれた物語ではあるけれども、ここに描かれている人たちは源氏物語のように時代にときめく藤原の大貴族たちではない。貴族でも貧乏貴族・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・ デパートの書籍売場などで、反物を相談するように、これがよく出ます、と云われる本を買ってゆく奥さん風のひとも多いそうだ。それらの女学生にしろ奥さんにしろ、いずれも本は読んでいるのである。もとよりずっとどっさり買って、そして読んではいるの・・・ 宮本百合子 「今日の読者の性格」
・・・ 目に余る贅沢 金銀の使用がとめられている時代なのにデパートの特別売場の飾窓には、金糸や銀糸をぎっしり織込んだ反物が出ていて、その最新流行品は高価だが、或る種の女のひとはその金めだろうけれどいかつい新品を身につ・・・ 宮本百合子 「女性週評」
・・・ 一応贅沢が人目に立ってはいけない折から、本当の高貴なものは反物にしろ器物にしろ街頭からひっこんだところで動いているわけなのだろう。従って、ぶらぶら歩きの視線にふれて来る程度のものは、ちよくな、これも面白い、という程のものなのだろうし、・・・ 宮本百合子 「生活のなかにある美について」
・・・ 千世子は買って置きの銘仙の反物と帯止と半衿を紙に包んで外に金を祝儀袋へ入れた時それを持ち出すのが辛い様な気がした。 体を大切におし、 行った先は知らせるんだよ。 こんな経験のない千世子はこう云う時にどう云ったら一番・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・夜店のアセチリンガスの匂いが、果物や反物の匂いと混っていた。赤や白のビラがコンクリイトの上に踏躙られた活動写真館の入口に、「只今より割引」という札が出ていた。七八人の男女が表に出ている写真を看ていた。通りすぎようとすると、友達が、・・・ 宮本百合子 「茶色っぽい町」
出典:青空文庫