・・・ おれも始めから利助の奴は、女房にやさしい処があるから見込みがあると思っていた、博打をぶっても酒を飲んでもだ、女房の可愛い事を知ってる奴なら、いつか納まりがつくものだ、世の中に女房のいらねい人間許りは駄目なもんさ、白粉は三升許りも挽けた・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・太夫という人が度々遊びに来る、今晩も来ていますというゆえ、その正太夫という人を是非見せてくれと頼んで、廊下鳶をして障子の隙から窃と覗いて見たら、デクデク肥った男が三枚も蒲団を重ねて木魚然と安座をかいて納まり返っていたと笑っていた。また或る人・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ けれど、さすがにおれは、おれのおかげで……と言っても、そんなに言い過ぎではあるまい――お千鶴をわがものにして、船場新聞の社長で収まり込んでいるお前を見ると、こいつ、良い気になりやがって、いっぺん失脚させてやったら、どんな顔をするだろう・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・を申し渡した父親の頑固は死んだ母親もかねがね泣かされて来たくらいゆえ、いったんは家を出なければ収まりがつかなかった。家を出た途端に、ふと東京で集金すべき金がまだ残っていることを思い出した。ざっと勘定して四五百円はあると知って、急に心の曇りが・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ ぞろぞろと随いてはいって来た女たちに何を飲むかともきかず、さっさと註文して、籐椅子に収まりかえってしまった。 松本はあきれた。まるで、自分が宰領しているような調子ではないかと、思わず坂田の顔を見た。律気らしく野暮にこぢんまりと引き・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・各大名や有福町人の蔵の中に収まりかえっていた。考えて見れば黄金や宝石だって人生に取って真価値があるのではない、やはり一種の手形じゃまでなのであろう。徹底して観ずれば骨董も黄金も宝石も兌換券も不換紙幣も似たり寄ったりで、承知されて通用すれば樹・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・それに極めねば収まりがつかない。むりでもそれに違いない、と権柄ずくで自説を貫いて、こそこそと山を下りはじめる。 下りる途中に、先に投げた貝殻が道へぽつぽつ落ちている。綺麗な貝殻だから、未練にもまた拾って行きたくなる。あるだけは残らず拾っ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 十五 乙女心三人姉妹 川端康成の原著は読んだことはないが、この映画の話の筋はきわめて単純なもので、ちょっとした刃傷事件もあるが、そういう部分はむしろはなはだ不出来でありまた話の結末もいっこう収まりがついていない。しかしこの映画を一・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・そうすればそのさし当たりの問題はそれで形式的には収まりがつくが、それでは、全く同じような災難があとからあとから幾度でも繰り返して起こるのがあたりまえであろう。そういう弊の起こる原因はつまり責任の問い方が見当をちがえているためではないかと思う・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・ おひろは細君を亡くした森宗匠のところへ、納まりたい腹でいたが、宗匠も来るたんびにおひろを女房扱いにしているのであった。おひろは今でも辰之助の妹婿の山根に心が残っていたけれど、お絹に言わせると、金には切れ放れはよかったし、選びもおもしろ・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫