・・・ 粟野さんはどちらかと言えば借金を断られた人のように、十円札をポケットへ収めるが早いか、そこそこ辞書や参考書の並んだ書棚の向うへ退却した。あとにはまた力のない、どこかかすかに汗ばんだ沈黙ばかり残っている。保吉はニッケルの時計を出し、その・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・が、憎悪も利害の前には鋭鋒を収めるのに相違ない。且又軽蔑は多々益々恬然と虚偽を吐かせるものである。この故に我我の友人知己と最も親密に交る為めには、互に利害と軽蔑とを最も完全に具えなければならぬ。これは勿論何びとにも甚だ困難なる条件である。さ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・剰す所は燕麦があるだけだったが、これは播種時から事務所と契約して、事務所から一手に陸軍糧秣廠に納める事になっていた。その方が競争して商人に売るのよりも割がよかったのだ。商人どもはこのボイコットを如何して見過していよう。彼らは農家の戸別訪問を・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・私がこれ以上諸君から収めるのは、さすがに私としても忍び難いところです。それから開墾当時の地価と、今日の地価との大きな相違はどうして起こってきたかと考えてみると、それはもちろん私の父の勤労や投入資金の利子やが計上された結果として、価格の高まっ・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・ かくて王子のからだは一か月ほど地の上に横になってありましたが、町の人々は相談してああして置いてもなんの役にもたたないからというのでそれをとかして一つの鐘を造ってお寺の二階に収める事にしました。 その次の年あの燕がはるばるナイルから・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・…… この薙刀を、もとのなげしに納める時は、二人がかりで、それはいいが、お誓が刃の方を支えたのだから、おかしい。 誰も、ここで、薙刀で腹を切ったり、切らせたりするとは思うまい。 ――しかも、これを取はずしたという時に落したの・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・女は急にあっけにとられた顔をしていたが、吉田が慌ててまた色を収めるのを見ると、それではぜひ近々教会へ来てくれと言って、さっき吉田がやってきた市場の方へ歩いて行った。吉田は、とにかく女の言うことはみな聞いたあとで温和しく断わってやろうと思って・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・ そこで、漁業会社は、普通相場の五分の一にあたる安いルーブル紙幣を借区料としてサヴエート同盟へ納めるのだった。そして、ぬくらんと懐を肥やして、威張っていた。 密輸入者の背後には、その商品を提供する哈爾賓のブルジョアが控えているばかり・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・子供を学校へやって生意気にするよりや、税金を一人前納めるのが肝心じゃ。その方が国の為めじゃ。」と小川は、ゆっくり言葉を切って、じろりと源作を見た。 源作は、ぴく/\唇を顫わした。何か云おうとしたが、小川にこう云われると、彼が前々から考え・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・ 土地を持った嬉しさに、母は、税金を納めるのさえ、楽しみだというような調子だった。兄と僕は傍できいていた。「何だい、たったあれっぽち、猫の額ほどの田を買うて、地主にでもなったような気で居るんだ。」兄は苦々しい顔をした。「ほいたっ・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
出典:青空文庫