・・・尤も冬などは沢山は出て居ない、然し冬でも鮒、鯉などは捕れる魚だから、働いて居るものもたまにはある。それは皆んな夜縄を置いて朝早く捕るのである。此の夜縄をやるのは矢張り東京のものもやるが、世帯船というやつで、生活の道具を一切備えている、底の扁・・・ 幸田露伴 「夜の隅田川」
・・・ 途中で学士は思出したように、「……私共の勇のやつが、あれで子供仲間じゃナカナカ相撲が取れるんですとサ。此頃もネ、弓の弦を褒美に貰って来ましたがネ、相撲の方の名が可笑しいんですよ。何だって聞きましたら――岡の鹿」 トボケて学士は・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・丁度お蚕さまのように、その栗虫からも白い糸が取れるのです。お爺さんは栗虫から取れた糸を酢に浸けまして、それを長く引延しました。その糸が日に乾いて堅くなる頃には、兄弟の子供の力で引いても切れないほど丈夫で立派なものが出来上りました。「さあ・・・ 島崎藤村 「二人の兄弟」
・・・ 手を伸ばせば取れるほど真近かなところに林檎は赤く光っていた。 十一時頃、五所川原駅に着いた。中畑さんの娘さんが迎えに来ていた。中畑さんのお家は、この五所川原町に在るのだ。私たちは、その中畑さんのお家で一休みさせてもらって、妻と園子・・・ 太宰治 「故郷」
・・・いず、やがてお隣りの軒先の柿の木にさえ火が燃え移って、柿の枯葉が、しゃあと涼しい音たてて燃えては黒くちりちり縮み、その燃えている柿の一枝が、私の居る二階の窓から、ほんとうに、ちょっと手を伸ばせば、折り取れるところに在って、それこそ咫尺の間に・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・私が三十二になれば、お金が何百円だか、たくさん取れるのよ。」 また、ある夜、私は、気の弱い女は父無児を生むという言葉をふと思い出し、あんなに見えても、マツ子は、ひょっとしたら弱いのじゃないのかしらと気がかりになって、これは、ひとつ、マツ・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・ たいてい洋服で、それもスコッチの毛の摩れてなくなった鳶色の古背広、上にはおったインバネスも羊羹色に黄ばんで、右の手には犬の頭のすぐ取れる安ステッキをつき、柄にない海老茶色の風呂敷包みをかかえながら、左の手はポッケットに入れている。・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・たとえば塗下駄や、帯や、蛇の目傘や、刀の鞘や、茶托や塗り盆などの漆黒な斑点が、適当な位置に適当な輪郭をもって置かれる事によって画面のつりあいが取れるようになっている。多数の人物を排した構図ではそれら人物の黒い頭を結合する多角形が非常に重要な・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・ 大学でも卒業した人間なら取ろうと思えばおそらく誰でも取れる学位である。取るまでの辛抱をつづけるかつづけないかの相違で博士と学士の区別が生じる。それだからこそ恐ろしく頭の悪い博士もあれば、図抜けて頭のいいよく出来るただの学士も捜せばいく・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・しかし鉱山の煙突から採れる銅やビスマスや黄金は役に立つのである。 尤も喫煙家の製造する煙草の煙はただ空中に散らばるだけで大概あまり役には立たないようであるが、あるいは空中高く昇って雨滴凝結の心核にはなるかもしれない。午前に本郷で吸った煙・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
出典:青空文庫