・・・はたして、絵を描いたろうそくは、みんなに受けたのであります。 すると、ここに不思議な話がありました。この絵を描いたろうそくを山の上のお宮にあげて、その燃えさしを身につけて、海に出ると、どんな大暴風雨の日でも、けっして、船が転覆したり、お・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・ 女も今度は素直に盃を受けて、「そうですか、じゃ一つ頂戴しましょう。チョンボリ、ほんの真似だけにしといておくんなさいよ」「何だい卑怯なことを、お前も父の子じゃねえか」「だって、女の飲んだくれはあんまりドッとしないからね」「な・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・それかあらぬか、父は生れたばかりの私の顔をそわそわと覗きこんで、色の白いところ、鼻筋の通ったところ、受け口の気味など、母親似のところばかり探して、何となく苦りきっていたといいます。父は高座へ上ればすぐ自分の顔の色のことを言うくらい色黒で、鼻・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・如何なる処分を受けても苦しくないと云う貴方の証書通り、私の方では直ぐにも実行しますから」 何一つ道具らしい道具の無い殺風景な室の中をじろ/\気味悪るく視廻しながら、三百は斯う呶鳴り続けた。彼は、「まあ/\、それでは十日の晩には屹度引払う・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・こんなところから、猫の耳は不死身のような疑いを受け、ひいては「切符切り」の危険にも曝されるのであるが、ある日、私は猫と遊んでいる最中に、とうとうその耳を噛んでしまったのである。これが私の発見だったのである。噛まれるや否や、その下らない奴は、・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・自分はその一二を受けながら、シナの水兵は今時分定めて旅順や威海衛で大へこみにへこんでいるだろう、一つ彼奴らの万歳を祝してやろうではないかと言うとそれはおもしろいと、チャン万歳チャンチャン万歳など思い思いに叫ぶ、その意気は彼らの眼中すでに旅順・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・『倫理学における形式主義の実質的価値倫理学』の著者であるマックス・シェーラーは初めオイケンに師事したが、フッサールの影響を受けて、現象学派の立場に移った。 彼はいう。価値は主観から独立な真の対象であって、価値現象として主観の感情状態や、・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・人間には、どんなところに罪が彼を待ち受けているか分らない。弱点を持っている者に、罪をなすりつけようと念がけている者があるのだ。彼は、それを思って恐ろしくなった。 二「財布を出して見ろ。」「はい。」「ほかに金・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・えばいずれ規模の大きいのは無いのですが、それらの塾は実に小規模のもので、学舎というよりむしろただの家といった方が適当な位のものでして、先生は一人、先生を輔佐して塾中の雑事を整理して諸種の便宜を生徒等に受けさせる塾監みたような世話焼が二三人―・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・た帰り途飯だけの突合いととある二階へ連れ込まれたがそもそもの端緒一向だね一ツ献じようとさされたる猪口をイエどうも私はと一言を三言に分けて迷惑ゆえの辞退を、酒席の憲法恥をかかすべからずと強いられてやっと受ける手頭のわけもなく顫え半ば吸物椀の上・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
出典:青空文庫