・・・『それでは遺言どおりこの百円はお前に渡すから確かに受け取っておくれ』と叔父の出す手をお絹は押しやって『叔父さんわたしは確かに受け取りました吉さんへはわたしからお礼をいいます、どうかそれで吉さんの後を立派に弔うてください、あらためてわ・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・軽く礼して、わが渡す外套を受け取り、太くしわがれし声にて、今宮本ぬしの演説ありと言いぬ。耳をそばだつるまでもなく堂をもるるはかれの美わしき声、沈める調なり。堂の闥を押さんとする時何心なく振り向けば十蔵はわが外套を肩にかけ片手にランプを持ちて・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ 婦は我らを一目見て直ちに鎌を捨て、蝋燭、鍵などを主人の尼より受け取り、いざ来玉えと先立ちて行く。後に従いて先に見たる窟の口に到れば、女先ず鎖を開き燭を点して、よく心し玉えなどいい捨てて入る。背をかがめ身を窄めでは入ること叶わざるまで口・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ 持ちものをすッかり調らべられてから、係が厚い帳面を持ってきて、刑務所で預かる所持金の受取りをさせられた。捕かまる時、オレは交通費として現金を十円ほど持っていた。俺たちのように運動をしているものは、命と同じように「交通費」を大切にしてい・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ まだ私は受け取りもしないうちから、その金のことを考えるようになった。私たちの家では人を頼んで検印を押すだけに十日もかかった。今度の出版の計画が次第に実現されて行くことを私の子供らもよく知っていた。しかしそんなまとまった金がふところには・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・ それから、諏訪の宿から出した夫の手紙も私は、受取りました。「自分がこの女の人と死ぬのは、恋のためではない。自分は、ジャーナリストである。ジャーナリストは、人に革命やら破壊やらをそそのかして置きながら、いつも自分はするりとそこから逃・・・ 太宰治 「おさん」
・・・ かれは、お金を受取り、それから、へへん、というように両肩をちょっと上げ、いかにもずるそうに微笑んで私のところへ来て、「御本人は、あの世へ行ったでごいす。」 私は、それから、実にしばしばその爺さんと郵便局で顔を合せた。かれは私の・・・ 太宰治 「親という二字」
・・・ところが午後になると、議会から使が来て、大きなブックを出して、それに受取を書き込ませた。 門番があっけに取られたような風をして、両手の指を組み合せて、こう云った。「どうでも大臣か何かにおなりになるのではございますまいか。わたくしは議事堂・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・もしノートや教科書の教ゆる所をそのままに受け取り、それ以上について考える所も見る所もなかったらどうであろう。その人は単に生きた教科書であって自然科学その物については何の得る所もないのである。 自然科学の目的とする所は結局自然その物である・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・という風に受取れるかもしれない。生まれてから七、八十歳で死ぬまで一度も風邪を引かないような人があったら、はたが迷惑かもしれない。クリストに云わせても、それほどに健康ではち切れそうだと、狭い天国の門を潜るにも都合が悪いであろう。 あえて半・・・ 寺田寅彦 「変った話」
出典:青空文庫