・・・ 神聖な感動に充ち満ちた神父はそちらこちらを歩きながら、口早に基督の生涯を話した。衆徳備り給う処女マリヤに御受胎を告げに来た天使のことを、厩の中の御降誕のことを、御降誕を告げる星を便りに乳香や没薬を捧げに来た、賢い東方の博士たちのことを・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・洋一は兄の表情に愉快な当惑を感じながら、口早に切れ切れな言葉を続けた。「今日は一番苦しそうだけれど、――でも兄さんが帰って来て好かった。――まあ早く行くと好いや。」 車夫は慎太郎の合図と一しょに、また勢いよく走り始めた。慎太郎はその・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ 宗俊は、口早にこう云って、独り、斉広の方へやって行った。あっけにとられた了哲を、例の西王母の金襖の前に残しながら。 それから、半時ばかり後である。了哲は、また畳廊下で、河内山に出っくわした。「どうしたい、宗俊、一件は。」「・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・ 本間さんは先方の悪く落着いた態度が忌々しくなったのと、それから一刀両断に早くこの喜劇の結末をつけたいのとで、大人気ないと思いながら、こう云う前置きをして置いて、口早やに城山戦死説を弁じ出した。僕はそれを今、詳しくここへ書く必要はない。・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・と笠井は口早にそこに来合せた仔細と、丁度いい機会だから折入って頼む事がある旨をいいだした。仁右衛門は卑下して出た笠井にちょっと興味を感じて胸倉から手を離して、閾に腰をすえた。暗闇の中でも、笠井が眼をきょとんとさせて火傷の方の半面を平手で・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・些と気になるのは、この家あたりの暮向きでは、これがつい通りの風俗で、誰も怪しみはしないけれども、畳の上を尻端折、前垂で膝を隠したばかりで、湯具をそのままの足を、茶の間と店の敷居で留めて、立ち身のなりで口早なものの言いよう。「何処からおい・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・と判事は口早にいって、膝を立てた。「いいえ、あの、これと定ったこともございません、ございませんようなものの、ふらふら堀ノ内様の近辺、五宿あたり、夜更でも行きあたりばったりにうろついて、この辺へはめったに寄りつきませなんだのが、沢井様へお・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・叔母は引添うごとくにして、その左側に従いつつ、歩みながら口早に、「可いかい、先刻謂ったことは違えやしまいね。」「何ですか。お通さんに逢って行けとおっしゃった、あのことですか。」 謙三郎は立留りぬ。「ああ、そのこととも、お前、・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・とお徳が外に出ていた。お清はお源を見て「お源さん大変顔色が悪いね、どうか仕たの」「昨日から少し風邪を引たもんですから……」「用心なさいよ、それは不可い」 お徳は「お早う」と口早に挨拶したきり何も言わない、そしてお源が炭俵の並・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・と河田翁は卒然聞いた。石井翁は帯の間から銀時計の大きいのを出して見て、「三時半です」「イヤそれじゃもう行かなきゃならん。」と河田翁は口早に言って、急に声を潜め、あたりをきょろきょろ見回しながら、「実はわたし、このごろある婦人会の・・・ 国木田独歩 「二老人」
出典:青空文庫