・・・犬は勝ち誇ったように一吠え吠えると、瞬間、源吉は分けの分らないことを口早に言ったか、と思うと、「怖かない! オッ母ッ!」と叫んだ。 そしてグルッと身体を廻すと、猫がするように塀をもがいて上るような恰好をした。犬がその後から喰らいつた・・・ 小林多喜二 「人を殺す犬」
・・・ 口早に言ってサッサと別れて行く人の姿を見送りながら、復た二人は家を指して歩き出した。実に、学士はユックリユックリ歩いた。 烏帽子山麓に寄った方から通って来る泉が、田中で汽車に乗るか、又は途次写生をしながら小諸まで歩くかして、一・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・はい、これはおじさんから。」口早に言って花束を手渡してやっても、あの子はぼんやりしていますので、私は、矢庭にあの子をぶん殴りたく思いました。私まで、すっかり元気がなくなり、それから、ぶらぶら兄の家へ行ってみましたら、兄は、もうベッドにもぐっ・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ かず枝は、雑誌から眼を離さず、口早に答えた。「そうよ、あたしは、どうせ気にいられないお嫁よ。」「いや、そうばかりは言えないぞ。たしかにおまえにも、努力の足りないところがあった。」「もういいわよ。たくさんよ。」雑誌をほうりだ・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・あたりに気をくばりながら、口早に低くそう懇願する有様には、真剣なものがあった。ひとにものをたのまれて、拒否できるような男爵ではなかった。「ああ、いいよ。いいとも。」 撮影所から退去して、電車にゆられながら、男爵は、ひどく不愉快であっ・・・ 太宰治 「花燭」
・・・少年は下唇をちろと舐めて口早に応じた。「老いぼれのぼんくらは、若い才能に遭うと、いたたまらなくなるものさ。否定し尽すまでは、堪忍できないんだ。ヒステリイを起しちゃうんだから仕様が無い。話があるんなら、話を聞くよ。だらしが無いねえ、君は。僕を・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ 彼は私のわななく胴体をつよく抱き、口早に囁いた。「おどろくなよ。毎日こうなのだ。」「どうなるのだ。みんなおれたちを狙っている。」山で捕われ、この島につくまでの私のむざんな経歴が思い出され、私は下唇を噛みしめた。「見せ物だよ・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
・・・ もうね、女学校時代からなのよ、ご存じだったのね、などとひとりで口早に言い始めて、私が何も知ってやしないのに、洗いざらい、みんな話して下さいました。ほんとうに、素直な、罪の無いおかたでした。その写真の綺麗な学生さんは芹川さんと、何とかいう投・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
・・・を吐き、帰りしなにふいと、老人、気をつけ給え、このごろ不良の学生たちを大勢集めて気焔を揚げ、先生とか何とか言われて恐悦がっているようだが、汝は隣組の注意人物になっているのだぞ、老婆心ながら忠告致す、と口速に言いてすなわち之が捨台詞とでも称す・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・いま、ロドルフが、更にそっとエンマに身をすり寄せ、甘い言葉を口早に囁いているところなのですが、私は、読みながら、全然別な奇妙なことを考えて、思わずにやりと笑ってしまいました。エンマが、このとき吹出物していたら、どうだったろう、とへんな空想が・・・ 太宰治 「皮膚と心」
出典:青空文庫