・・・青扇が僕の口真似をした。「わかりました。あした持ってあがりましょうね。銀行がやすみなのです。」 そう言われてみるときょうは日曜であった。僕たちはわけもなく声を合せて笑いこけた。 僕は学生時代から天才という言葉が好きであった。ロンブロ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・私だって、なんにも、ものを知りませんけれども、自分の言葉だけは、持っているつもりなのに、あなたは、全然、無口か、でもないと、人の言った事ばかりを口真似しているだけなんですもの。それなのに、あなたは不思議に成功なさいました。そのとしの二科の画・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・そうして後で、私を馬鹿先生ではないかと疑い、灯が見えるかねと言い居ったぞ等と、私の口真似して笑い合っているのに違いないと思ったら、私は矢庭に袴を脱ぎ捨て海に投じたくなった。けれども、また、ふと、いやそんな事は無い。地図で見ても、新潟の近くに・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・ 佐竹の口真似をした。ちぇっ! あああ、舌打ちの音まで馬場に似て来たようだ。そのうちに、私は荒涼たる疑念にとらわれはじめたのである。私はいったい誰だろう、と考えて、慄然とした。私は私の影を盗まれた。何が、フレキシビリティの極致だ! 私は、ま・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・と思う、なんて大それた事を言っていた大衆作家もあったようだが、何を言っているのだ、どだい取組みにも何もなりやしない、身のほどを知れ、身のほどを、死ぬまで駄目さ、きまっているんだ、よく覚えて置け、と兄の口真似をして、ちっとも実体の無い大衆作家・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・藤村の口真似をするならば、「芸術の道は、しかく難い。若き人よ。これを畏れて畏れすぎることはない。」 立派ということに就いて もう、小説以外の文章は、なんにも書くまいと覚悟したのだが、或る夜、まて、と考えた。それじゃあ・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・「そう云った人があるのなら、なお更口真似は出来ない。『働く婦人』の投書だとかそのほか書いてあることが、あなた方から見て共産党の云うところと一致しているのなら、それは、それだけ共産党というものが大衆の真の考え、要求をとりあげていると云うこ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・悲しいが憎めない奈良の若者の稚気ある口真似と比較にならない、憎々しさ、粗暴さが、見物人対手の寺僧にある。彼等は、毎日毎日いつ尽きるとも知れない見物人と、飽々する説明の暗誦と、同じ変化ない宝物どもの行列とに食傷しきっているらしい。不感症にかか・・・ 宮本百合子 「宝に食われる」
・・・ その様子を想像するさえ可笑しいのを、弟が、身振り口真似で云ってきかせるのだから笑わずには居られない。 私共だって、一段上の趣味の高い完全な人から見ればそりゃあ又可笑しい事だらけだろうけれ共、何から何まで吊合わない、まるで糸の工合の・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・ そのときのいやさが忘られないように、重吉はひろ子の口真似をして云った。「そうなのよ。だから、わたし、この封筒もお目にかける気になったの」「わからないことがあるもんか――ちゃんとわかっていたじゃないか。――会費を送るのはやめたか・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫