・・・その音源はお園からは十メートル近くも離れた上手の太夫の咽喉と口腔にあるのであるが、人形の簡単なしかし必然的な姿態の吸引作用で、この音源が空中を飛躍して人形の口へ乗り移るのである。この魔術は、演技者がもしも生きた人間であったら決してしとげられ・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・その際における口のまわりの運動の仕事の大部分が何に使われるかと思ってみると、それは各種の母音に適応するように口腔の形と大きさを変化させるために使われているのである。そしてこういう声を出さずに口だけ動かす読み方では子音を発するに必要な細かい調・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
・・・自分の知っている老人で七十余歳になってもほとんど完全に自分の歯を保有している人があるかと思うと四十歳で思い切りよく口腔の中を丸裸にしている人もある。頭を使う人は歯が悪くなると言って弁解するのは後者であり、意志の強さが歯に現われるというのは前・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 鳥の鼻に嗅覚はないが口腔が嗅覚に代わる官能をすることがあるとある書に見えているが、もしも香を含んだ気流が強くくちばしに当たっている際にくちばしを開きでもすれば、その香が口腔に感ずるということもあるかもしれない。 上述のごとく、視覚・・・ 寺田寅彦 「とんびと油揚」
出典:青空文庫