・・・女めいた口臭をかぎながらちょっとした自尊心の満足があった。けれども、紀代子が拒みもしないどころか、背中にまわした手にぐいぐい力をいれてくるのを感ずると、だしぬけに気が変った。物も言わずに突き放して、立ち去った。ふと母親のことを思ったそんな豹・・・ 織田作之助 「雨」
・・・私は彼女の仁丹のにおいのする口臭を、永久に忘れがたいだろうと思った。未練たらしい私は、彼女が化粧を直して私の部屋を出て行く時、せめて最後の口づけだけでもしたいと思った。が、その時たまたま……というより、その時もまた私は煙草をくわえていた。お・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・黄色い、歯糞のついた歯が、凋れた唇の間からのぞき、口臭が、喇叭状に拡がって、こっちの鼻にまで這入ってきた。彼は、息を吐きかけられるように不潔を感じた。「一寸居ってくれ給え。」 曹長は、刑法学者では誰れが権威があるとか、そういう文官試・・・ 黒島伝治 「穴」
出典:青空文庫