・・・ふくろふの糊すりおけと呼ぶ声に衣ときはなち妹は夜ふかすこぼれ糸さでにつくりて魚とると二郎太郎三郎川に日くらす行路雨雨ふれば泥踏なづむ大津道我に馬ありめさね旅人古寺雨風まじり雨ふる寺の犬ふ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・芭蕉集中全く客観的なるものを挙ぐれば四、五十句に過ぎざるべく、中につきて絵画となし得べきものを択みなば鶯や柳のうしろ藪の前 芭蕉梅が香にのっと日の出る山路かな 同古寺の桃に米蹈む男かな 同時鳥大竹藪を漏る月夜 同・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・いかにも関東の古寺らしく、大まかに寂び廃れた趣きよし。関西の古寺とは違う。雰囲気が。 小僧夕方のお勤め。木魚の音。やがて背のかがんだ年よりの男が別な小僧をつれて出て来、一方の大きい浅草観音のと同じ扉をギーとしめ、こっちに来て賽銭箱をあけ・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
・・・長崎の市を、何等史的知識なく一巡した旅客の記憶にも確り印象されるのは、この水に配された石橋の異国的な美や古寺の壮重な石垣と繁った樹木との調和等ではあるまいか。長崎には夥しく寺がある。その寺々が皆港を見晴らす山よりに建てられて居る。沢山の石段・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・ 今からもう十八年の昔になるが、自分は『古寺巡礼』のなかで伎楽面の印象を語るに際して、「能の面は伎楽面に比べれば比較にならぬほど浅ましい」と書いた。能面に対してこれほど盲目であったことはまことに慚愧に堪えない次第であるが、しかしそういう・・・ 和辻哲郎 「能面の様式」
出典:青空文庫