・・・東京市中の古本屋が聯合して即売会を開催したのも、たしか、明治四十二、三年の頃からであろう。 大正三、四年の頃に至って、わたくしは『日和下駄』と題する東京散歩の記を書き終った。わたくしは日和下駄をはいて墓さがしをするようになっては、最早新・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・その晩例によっておそくまで仕事をしていて、十八日の朝おきて、下の長火鉢のよこへ降りて行ったら、いろんな手紙、古本屋の引札や温泉宿の広告や、そんなものの間に、さも何でもなさそうに挾んで置かれてあった。それをとりあげ、そのまま又二階へまい戻りま・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
厳寒で、全市は真白だ。屋根。屋根。その上のアンテナ。すべて凍って白い。大気は、かっちり燦いて市街をとりかこんだ。モスクワ第一大学の建物は黄色だ。 我々は、古本屋の半地下室から出た。『戦争と平和』の絵入本二冊十五ルーブリ・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・ 外壁に沿った裏通りに古本屋が露店を出し、空屋に店を出して居るところにモーランの夜開く、武郎の或女、ゾラの小説がさらしてあった。 ○壁の厚さの感じ。 五日 ひどいモローズ プーシュキン・ブルールの樹木が皆真白・・・ 宮本百合子 「一九二七年八月より」
・・・歴史を読みたいという人々が著しく殖えて来ているのだが、それは、とりも直さず今日の諸現象を、いくらかでも正確に、本質的に理解し得るきっかけを捕えたい望みであり、古本屋で、ベルリンでは無い古典が多く売れる事実となって現れているのである。 三・・・ 宮本百合子 「新島繁著『社会運動思想史』書評」
・・・それから二人でおばあさんにお辞儀をしてそこを出て、古本屋によったりしてバスまでぶらぶら歩きながら、私はふっと夜の電話の件を思い出して話した。すると栄さんはそういうときの癖で、一寸足を止めるようにして片方の手のひらをひろげ空をうつような恰好を・・・ 宮本百合子 「まちがい」
・・・ 古本屋みたいな窓の中はぎっしりの本だ。あなたの運命を自身で判断しなさい。手相占の本もある。ボール札が紐でつる下っている。 諸君ノ図書館ヲ利用セヨ。 古本屋は東端でイギリス痛風だ。震えた字だ。 屋根にトタン板を並べた鋳・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
黄色いモスクワ大学の建物が、雪の中に美しく見える。凍った鉄柵に古本屋が本を並べてる。 狭い歩道をいっぱい通行人だ。電車が通る。自動車が通る。 モスクワ大学のいくつもある門を出たり入ったりする男女の学生の年は、まるで・・・ 宮本百合子 「ワーニカとターニャ」
・・・先日わたくしは第一高等学校の北裏を歩いて、ふと樒屋の店の鎖されているのに気が付いたので、近隣の古本屋をおとずれて、翁媼の消息を聞いた。翁は四月頃に先ず死し、まだ百箇日の過ぎぬ間に、媼も踵いで死したそうである。わたくしは多少心を動さざることを・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・「実は今朝托鉢に出ますと、竪町の小さい古本屋に、大智度論の立派な本が一山積み畳ねてあるのが、目に留まったのですな。どうもこんな本が端本になっているのは不思議だと思いながら、こちらの方へ歩いて参って、錦町の通を旦過橋の方へ行く途中で、また・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫