・・・ 乏しい様子が、燐寸ばかりも、等閑になし得ない道理は解めるが、焚残りの軸を何にしよう…… 蓋し、この年配ごろの人数には漏れない、判官贔屓が、その古跡を、取散らすまい、犯すまいとしたのであった――「この松の事だろうか……」 ―・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 安宅の関の古蹟とともに、実盛塚は名所と聞く。……が、私は今それをたずねるのではなかった。道すがら、既に路傍の松山を二処ばかり探したが、浪路がいじらしいほど気を揉むばかりで、茸も松露も、似た形さえなかったので、獲ものを人に問うもおかしい・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・その限界はあたかも国境または村境が山や河や、あるいは古跡や、いろいろのもので、定めらるるようにおのずから定められたもので、その定めは次のいろいろの考えから来る。 僕の武蔵野の範囲の中には東京がある。しかしこれはむろん省かなくてはならぬ、・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・は父の名札の後に見知らぬ人の名が掲げられたばかりに、もう一足も門の中に進入る事ができなくなったのかと思うと、なお更にもう一度あの悪戯書で塗り尽された部屋の壁、その窓下へ掘った金魚の池なぞあらゆる稚時の古跡が尋ねて見たく、現在其処に住んでいる・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・ そもそも最初自分がこの古蹟を眼にしたのは何年ほど前の事であったろう。まだ小学校へも行かない時分ではなかったか。桜のさく或日の午後小石川の家から父と母とに連れられてここまで来るには車の上ながらも非常に遠かった。東京の中ではないような気が・・・ 永井荷風 「霊廟」
汽笛一声京城を後にして五十三亭一日に見尽すとも水村山郭の絶風光は雲煙過眼よりも脆く写真屋の看板に名所古跡を見るよりもなおはかなく一瞥の後また跡かたを留めず。誰かはこれを指して旅という。かかる旅は夢と異なるなきなり。出ずるに・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
出典:青空文庫