・・・その男はそのときどんなことを思ったかというと、これはいかにも古都ウィーンだ、そしていま自分は長い旅の末にやっとその古い都へやって来たのだ――そういう気持がしみじみと湧いたというのです」「そして?」「そして静かに窓をしめてまた自分のベ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・彼の音信に依れば、古都北京は、まさしく彼の性格にぴったり合った様子で、すぐさま北京の或る大会社に勤め、彼の全能力をあますところなく発揮して東亜永遠の平和確立のため活躍しているという事で、私は彼のそのような誇らしげの音信に接する度毎に、いよい・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ ポンペイの古都は火山の灰の下にもなお昔のままなる姿を保存していた実例がある。仏蘭西の地層から切出した石材のヴェルサイユは火事と暴風と白蟻との災禍を恐るる必要なく、時間の無限中に今ある如く不朽に残されるであろう。けれども我が木造の霊廟は・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・そういう超日常を欲する心を、一いきに、古都の宝である芸術鑑賞にむけるだけの精神力の活溌さは概して失われているらしい。京都人は男も女もリアリストと思う。〔一九二六年六月〕 宮本百合子 「京都人の生活」
・・・ このルネッサンス時代の芸術の古都フローレンスの逗留が、四十三歳であったケーテにどのような芸術上の収穫を与えただろうか。一九一〇年にこの旅行から帰ってから、第一次欧州大戦のはじまる迄の四年ばかり、ケーテは全く沈黙した。 六枚つづきの・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
出典:青空文庫