・・・ 必死の、鋭い、号泣と叫喚が同時に、老人の全身から溢れた。それは、圧迫せられた意気の揚らない老人が発する声とはまるで反対な、力のある、反抗的な声だった。彼は「何をするのだ! 俺がどうして斬られるようなことをしたんだ!」と、叫んでいるよう・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 通訳は、小屋のかげから、悲鳴や叫喚や、銃声がごったかえしに入りまじって聞えて来る方をおずおず見やった。右の一層高くなっている麓に据えつけられた狙撃砲は、その砲さきへ弾丸をつめこんで、村をめがけてぶっぱなした。 だが、そのたまが、ど・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ 今は、不潔で臭い病室や、時々夜半にひゞいて来るどっかの銃声や、叫喚が面白く名残惜しいものに思われてきた。それらのものを、間もなくうしろに残して内地へ帰ってしまえるのだ。「みんなが一人も残らず負傷して内地へ帰ったらどうだ。あとの将校・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・急湍は叫喚し怒号し、白く沸々と煮えたぎって跳奔している始末なので、よほどの大声でなければ、何を言っても聞えないのです。私は、よほどの大声で、「毎日たいへんですね!」と絶叫しました。けれども、やっぱり奔湍の叫喚にもみくちゃにされて聞えないので・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・枕の下に、すさまじい車輪疾駆の叫喚。けれども、私は眠らなければならぬ。眼をつぶる。イマハ山中、イマハ浜、――童女があわれな声で、それを歌っているのが、車輪の怒号の奥底から聞えて来るのである。 祖国を愛する情熱、それを持っていない人があろ・・・ 太宰治 「鴎」
・・・駅に着き、すぐ長い列の中にはいって、八時間待ち、午後十時十分発の奥羽線まわり青森行きに乗ろうとしたが、折あしく改札直前に警報が出て構内は一瞬のうちに真暗になり、もう列も順番もあったものでなく、異様な大叫喚と共に群集が改札口に殺到し、私たちは・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・ああ、かの壇上の青黒き皮膚、痩狗そのままに、くちばし突出、身の丈ひょろひょろと六尺にちかき、かたち老いたる童子、実は、れいの高い高いの立葵の精は、この満場の拍手、叫喚の怒濤を、目に見、耳に聞き、この奇現象、すべて彼が道化役者そのままの、おか・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・ と瞑目して深く念じて放ちたる弦は、わが耳をびゅんと撃ちて、いやもう痛いのなんの、そこら中を走り狂い叫喚したき程の劇痛に有之候えども、南無八幡! とかすれたる声もて呻き念じ、辛じて堪え忍ぶ有様に御座候。然れども、之を以て直ちに老生の武術に於・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ など叫喚して手がつけられず、私なども、雑誌の小説が全文削除になったり、長篇の出版が不許可になったり、情報局の注意人物なのだそうで、本屋からの注文がぱったり無くなり、そのうちに二度も罹災して、いやもう、ひどいめにばかり遭いましたが、しかし、・・・ 太宰治 「返事」
・・・時に依って万歳の叫喚で送られたり、手巾で名残を惜まれたり、または嗚咽でもって不吉な餞を受けるのである。列車番号は一〇三。 番号からして気持が悪い。一九二五年からいままで、八年も経っているが、その間にこの列車は幾万人の愛情を引き裂いたこと・・・ 太宰治 「列車」
出典:青空文庫