・・・が、それだけまた彼等の顔に、晴れ晴れした微笑が漂っているのは、一層可憐な気がするのだった。 将軍を始め軍司令部や、兵站監部の将校たちは、外国の従軍武官たちと、その後の小高い土地に、ずらりと椅子を並べていた。そこには参謀肩章だの、副官の襷・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・この可憐な捨児の話が、客松原勇之助君の幼年時代の身の上話だと云う事は、初対面の私にもとうに推測がついていたのであった。 しばらく沈黙が続いた後、私は客に言葉をかけた。「阿母さんは今でも丈夫ですか。」 すると意外な答があった。・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・痙攣的に後脚で蹴るようなまねをして、潤みを持った眼は可憐にも何かを見詰めていた。「やれ怖い事するでねえ、傷ましいまあ」 すすぎ物をしていた妻は、振返ってこの様を見ると、恐ろしい眼付きをしておびえるように立上りながらこういった。「・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・彼女の眼にはアグネスの寝顔が吸付くように可憐に映った。クララは静かに寝床に近よって、自分の臥ていた跡に堂母から持帰った月桂樹の枝を敷いて、その上に聖像を置き、そのまわりを花で飾った。そしてもう一度聖像に祈祷を捧げた。「御心ならば、主よ、・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・その時は、雛の鶯を蹂み躙ったようにも思った、傷々しいばかり可憐な声かな。 確かに今乗った下らしいから、また葉を分けて……ちょうど二、三日前、激しく雨水の落とした後の、汀が崩れて、草の根のまだ白い泥土の欠目から、楔の弛んだ、洪水の引いた天・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ 中にも慎ましげに、可憐に、床しく、最惜らしく見えたのは、汽車の動くままに、玉の緒の揺るるよ、と思う、微な元結のゆらめきである。 耳許も清らかに、玉を伸べた頸許の綺麗さ。うらすく紅の且つ媚かしさ。 袖の香も目前に漾う、さしむかい・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・おかしくもあるがすこぶる可憐に思われた。予がうしろをさすと、「ヘイあの奥が河口でございます。つまらないところで、ヘイ。晴れてればよう見えますがヘイ」 舟のゆくはるかのさき湖水の北側に二、三軒の家が見えてきた。霧がほとんど山のすそまで・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・無邪気な可憐な、ほとんど神に等しき幼きものの上に悲惨なる運命はすでに近く迫りつつありしことを、どうして知り得られよう。 くりくりと毛を刈ったつむり、つやつやと肥ったその手や足や、なでてさすって、はてはねぶりまわしても飽きたらぬ悲しい奈々・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・そして、周囲を舞うものは、あの可憐ないわつばめでなくて、人間の美しい男女らでした。きくのはあらしの唄でなく、ピアノの奏楽でした。この息詰まる空気の中で、木は、刻々に自分の生命の枯れてゆくのを感じながら、「見ぬうちは、みんながあこがれるが、お・・・ 小川未明 「しんぱくの話」
・・・ 可憐なとこなつの花は、ほかの花たちの生活が知りたかったのです。そして、自分の運命を比較してみたいと思ったのです。 花にこういって聞かれたので、ちょうは答えました。「そういわれれば、わたしは正直に答えますが、あなたは、ほんとうに・・・ 小川未明 「小さな赤い花」
出典:青空文庫