・・・同時に大勢の兵たちも、声のない号令でもかかったように、次から次へと立ち直り始めた。それはこの時彼等の間へ、軍司令官のN将軍が、何人かの幕僚を従えながら、厳然と歩いて来たからだった。「こら、騒いではいかん。騒ぐではない。」 将軍は陣地・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ 画札を握った保吉は川島の号令のかかると共に、誰よりも先へ吶喊した。同時にまた静かに群がっていた鳩は夥しい羽音を立てながら、大まわりに中ぞらへ舞い上った。それから――それからは未曾有の激戦である。硝煙は見る見る山をなし、敵の砲弾は雨のよ・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ 号令を掛けたのは我衛生隊附のピョートル、イワーヌイチという看護長。頗る背高で、大の男四人の肩に担がれて行くのであるが、其方へ眼を向けてみると、まず肩が見えて、次に長い疎髯、それから漸く頭が見えるのだ。「看護長殿!」 と小声に云・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ 朝夕朗々とした声で祈祷をあげる、そして原っぱへ出ては号令と共に体操をする、御嶽教会の老人が大きな雪達磨を作った。傍に立札が立ててある。「御嶽教会×××作之」と。 茅屋根の雪は鹿子斑になった。立ちのぼる蒸気は毎日弱ってゆく。・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・母は三言五言いう。妻はもじもじしながらいう。母は号令でもするように言う。母は三言目には喧嘩腰、妻は罵倒されて蒼くなって小さくなる。女でもこれほど異うものかと怪しまれる位。 母者ひとの御入来。 其処は端近先ず先ずこれへとも何とも言わぬ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・のか分らなくなる。でも、あとから考えてみると、チャンと、平素から教えならされたように、弾丸をこめ、銃先を敵の方に向けて射撃している。左右の者があって、前進しだすと、始めて「前へ」の号令があったことに気づいて自分も立ち上る。 敵愾心を感じ・・・ 黒島伝治 「戦争について」
・・・のようにぬらしていた。 草原や、斜丘にころびながら進んで行く兵士達の軍服は、外皮を通して、その露に、襦袢の袖までが、しっとりとぬれた。汗ばみかけている彼等は、けれども、「止れ!」の号令で草の上に長々ところんで冷たい露に頬をぬらすのが快か・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・という随筆を、口述筆記させてもらって、編輯長のところへ少し得意で呈出したら、編輯長はそれを読むなりけッと笑って、「なんだいこれは。号令口調というんだね。孔子曰く、はひどいね。」と、さんざ悪口言いました。ちゃんと長兄の侘びしさを解していな・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・と勇んで友人達に号令し、みな道端に寄って並び立ち、速力の遅いバスを待って居ました。やがてバスは駅前の広場に止り、ぞろぞろ人が降りて、と見ると佐吉さんが白浴衣着てすまして降りました。私は、唸るほどほっとしました。 佐吉さんが来たので、助か・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・人に教えたり、人に号令したりする資格は、私には全然ありません。いや、能力が無いのです。私はいつでも自分の触覚した感動だけを書いているのです。私は単純な、感激居士なのかも知れません。たとい、どんな小さな感動でも、それを見つけると私は小説を書き・・・ 太宰治 「風の便り」
出典:青空文庫