・・・という号外が家にも来ていたからだった。僕はもちろん日露戦役に関するいろいろの小事件を記憶している。が、この一対の高張り提灯ほど鮮かに覚えているものはない。いや、僕は今日でも高張り提灯を見るたびに婚礼や何かを想像するよりもまず戦争を思い出すの・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・「号外、号外。」 二「三ちゃん、何の号外だね、」 と女房は、毎日のように顔を見る同じ漁場の馴染の奴、張ものにうつむいたまま、徒然らしい声を懸ける。 片手を懐中へ突込んで、どう、してこました買喰やら、一・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・の城が取れた、今日は可恐しい軍艦を沈めた、明日は雪の中で大戦がある、もっともこっちがたが勝じゃ喜びなさい、いや、あと二三ヶ月で鎮るが、やがて台湾が日本のものになるなどと、一々申す事がみんな中りまして、号外より前に整然と心得ているくらいは愚な・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・電報は来ているが、海軍省が伏せてるから号外を出せないんだ、」とさも大本営か海軍省の幕僚でもあるような得意な顔をして、「昨夜はマンジリともしなかった。今朝も早くから飛出して今まで社に詰めていた。結局はマダ解らんが、電報が来る度毎に勝利の獲物が・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・妖艶な彼女が品川の旅館で逮捕された時、号外が出て、ニュースカメラマンが出動した。いわば一代の人気女であったが、彼女はこの人気を閨房の秘密をさらけ出すことによって獲得した。さらけ出された閨房は彼女の哀れさの極まりであったが、同時に喜劇であった・・・ 織田作之助 「世相」
・・・途々、電信柱に関東大震災の号外が生々しく貼られていた。 西日の当るところで天婦羅を揚げていた種吉は二人の姿を見ると、吃驚してしばらくは口も利けなんだ。日に焼けたその顔に、汗とはっきり区別のつく涙が落ちた。立ち話でだんだんに訊けば、蝶子の・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 耳の敏い事は驚く程で、手紙や号外のはいった音は直ぐ聞きつけて取って呉れとか、広告がはいってもソレ手紙と云う調子です。兎に角お友達から来る手紙を待ちに待った様子で有りました。こんな訳で、内証言は一つも言えませんから、私は医師の宅まで出か・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・「そうですとも、考えがあるなら言ったがいいじゃアないか、加藤さん早く言いたまえ、中倉先生の御意に逆ろうては万事休すだ。」と満谷なる自分がオダテた。ケシかけた。「号外という題だ。号外、号外! 号外に限る、僕の生命は号外にある。僕自身が・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・ 日清の間が切迫してくるや、彼はすぐと新聞売りになり、号外で意外の金を儲けた。 かくてその歳も暮れ、二十八年の春になって、彼は首尾よく工手学校の夜学部に入学しえたのである。 かつ問いかつ聞いているうちに夕暮近くなった。「飯を・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・更に、日露戦争後に到っても独歩がやはり軍事的ブルジョアジーのイデオロギーに立っていたことは、「号外」「別天地」等の小説によって看取される。 田山花袋は、日露戦争に従軍して「一兵卒」を書いた。同じ自然主義者でも、花袋は、戦争に対して、独歩・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
出典:青空文庫