・・・で、その、ちょっとあらかじめ御諒解を得ておきたいのですが、お客様が小人数で、車台が透いております場合は、途中、田舎道、あるいは農家から、便宜上、その同乗を求めらるる客人がありますと、御迷惑を願う事になっているのでありますが。」「ははあ、・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・その頃はマダ合乗俥というものがあったが、沼南は夫人と共に一つ俥に同乗して葬列に加わっていた。一体合乗俥というはその頃の川柳や都々逸の無二の材料となったもので、狭い俥に両性がピッタリ粘着き合って一つ膝掛に纏まった容子は余り見っともイイものでは・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・それで二日の午前に、まず第一に陸軍から、大橋特務曹長操縦、林少尉同乗で、天候の観測をするよゆうもなく、冒険的に日光へ飛行機をかり、御用邸の上をせんかいしながら、「両陛下が御安泰にいらせられるなら旗をふって合図をされたい」としたためたかきつけ・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・そのガラス窓を隔ててすぐそこに、信濃町で同乗した、今一度ぜひ逢いたい、見たいと願っていた美しい令嬢が、中折れ帽や角帽やインバネスにほとんど圧しつけられるようになって、ちょうど烏の群れに取り巻かれた鳩といったようなふうになって乗っている。・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・この工事を県当局で認可する交換条件として上高地までの自動車道路の完成を会社に課したという噂話を同乗の客の一人から聞かされた。こうした工事が天然の風致を破壊するといって慨嘆する人もあるようであるが自分などは必ずしもそうとばかりは思わない。深山・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・この歌が街頭へ飛び出して自動車のおやじから乗客の作曲家に伝染し、この男が汽車へ乗ったおかげで同乗の兵隊に乗り移る。兵隊が行軍している途中からこの歌の魂がピーターパンの幽霊のような姿に移って横にけし飛んだと思うと、やがて流浪の民の夜営のたき火・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・何某講と染め抜いた揃いの手拭を冠った、盛装に草鞋ばきという珍しい出で立ちの婦人の賑やかに陽気な一群と同乗した。公園の入口にはダリアが美しく咲いて森閑とした園内を園丁が掃除していた。子供の時分によく熱病をわずらって、その度に函館産の氷で頭を冷・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・ 同乗の小学生を注意して見ると、もちろんみんな違った顔であるが、それでいて妙にみんなよく似た共通の表情がある。軍人を見てもやっぱりそうであるらしい。これがどうしてそうなるかを突きとめる事はある人々にきわめて重大な問題であると思われる。わ・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・この場合には自分のわずかな時間と労力の節約のために他の同乗者のおのおのから数十秒ずつの時間を強要し消費することになるのである。これも遠慮したほうがよさそうに思われる。 しかし、昇降機のほうから言えば何階で止まるも止まらぬのもたいした動力・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・また仁明天皇の御代に僧真済が唐に渡る航海中に船が難破し、やっと筏に駕して漂流二十三日、同乗者三十余人ことごとく餓死し真済と弟子の真然とたった二人だけ助かったという記事がある。これも颱風らしい。こうした実例から見ても分るように遣唐使の往復は全・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
出典:青空文庫