・・・天主閣はその名の示すがごとく、天主教の渡来とともに、はるばる南蛮から輸入された西洋築城術の産物であるが、自分たちの祖先の驚くべき同化力は、ほとんど何人もこれに対してエキゾティックな興味を感じえないまでに、その屋根と壁とをことごとく日本化し去・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・ところが芸術にたずさわっているものとしての僕は、ブルジョアの生活に孕まれ、そこに学び、そこに行ない、そこに考えるような境遇にあって今日まで過ごしてきたので不幸にもプロレタリアの生活思想に同化することにほとんど絶望的な困難を感ずる。生活や思想・・・ 有島武郎 「片信」
・・・旦那の智恵によると、鳥に近づくには、季節によって、樹木と同化するのと、また鳥とほぼ服装の彩を同じゅうするのが妙術だという。 それだから一夜に事の起った時は、冬で雪が降っていたために、鳥博士は、帽子も、服も、靴まで真白にしていた、と話すの・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・省作はわれ自らもまた自然中の一物に加わり、その大いなる力に同化せられ、その力の一端がわが肉体にもわが精神にも通いきて、新たなる生命にいきかえったような思いである。おとよさんやおはまや、晴ればれと元気のよい、毛の先ほども憎気のない人たちと打ち・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・従って、語る人と聴く者との心の接触から生ずる同化が大切であるのであります。 真実というものが、いかに相手を真面目にさせるか、熱情というものが、いかに相手の心を打つか、こうした時に分るものです、それであるから、語る人の態度は、自から聴く人・・・ 小川未明 「童話を書く時の心」
・・・多少は主人の気風に同化されているらしく見えた。 そこで細君は、「ちょっとご免なさい。」と云って座を立って退いたが、やがて鴫焼を持って来た。主人は熱いところに一箸つけて、「豪気豪気。」と賞翫した。「もういいからお前もそ・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・一つの本を読んでは、パッとその本に夢中になり、信頼し、同化し、共鳴し、それに生活をくっつけてみるのだ。また、他の本を読むと、たちまち、クルッとかわって、すましている。人のものを盗んで来て自分のものにちゃんと作り直す才能は、そのずるさは、これ・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・女性の細胞の同化力には、実に驚くべきものがあるからである。狐の襟巻をすると、急に嘘つきになるマダムがいた。ふだんは、実に謙遜なつつましい奥さんであるのだが、一旦、狐の襟巻を用い、外出すると、たちまち狡猾きわまる嘘つきに変化している。狐は、私・・・ 太宰治 「女人訓戒」
・・・ここへ来て、もう四年にもなるので、家族のロマンチックの気風にすっかり同化している。令嬢たちから婦人雑誌を借りて、仕事のひまひまに読んでいる。昔の仇討ち物語を、最も興奮して読んでいる。女は操が第一、という言葉も、たまらなく好きである。命をかけ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・しかるに人形のお園は太夫の声を吸収同化してかえってほんとうのお園そのものになりきってしまうのである。ここに人形劇の不思議があり、秘密がある。この秘密こそ発声映画研究家のまじめに研究し解決すべきものであろう。この現象の原因はどこにあるか、それ・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
出典:青空文庫