・・・郵便局員貴下、御心安かれ、受取人の立田織次も、同国の平民である。 さて、局の石段を下りると、広々とした四辻に立った。「さあ、何処へ行こう。」 何処へでも勝手に行くが可、また何処へも行かないでも可い。このまま、今度の帰省中転がって・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・「はあ、勝頼様と同国ですな。」「まあ、勝頼様は、こんな男ぶりじゃありませんが。」「当り前よ。」 とむッつりした料理番は、苦笑いもせず、またコッツンと煙管を払く。「それだもんですから、伊那の贔屓をしますの――木曾で唄うのは・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ さて富岡先生は十一月の末終にこの世を辞して何国は名物男一人を失なった。東京の大新聞二三種に黒枠二十行ばかりの大きな広告が出て門人高山文輔、親戚細川繁、友人野上子爵等の名がずらり並んだ。 同国の者はこの広告を見て「先生到頭死んだか」・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・アイスランドの火山 Askja は同国古語の Askaであるとすれば、これは英語の ashesと親類だそうである。そこで今度は試みに「灰」を意味する語を物色してみると、サンスクリットに Bhasman, Bhuti があるが、この前者は A・・・ 寺田寅彦 「火山の名について」
・・・昔日鎖国の世なれば、これらの諸件に欠点あるも、ただ一国内に止まり、天に対し同国人に対しての罪なりしもの、今日にありては、天に対し同国人に対し、かねてまた外国人に対して体面を失し、その結局は我が本国の品価を低くして、全国の兄弟ともにその禍を蒙・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・仏蘭西の大学校にて、第一世ナポレオンはその学事会員たるを得たれども、第三世ナポレオンはついにこれを許されざりしという。同国にて学権の強大なること、もって証すべし。 我が日本国にても、政府の官職はただ在職中の等級のみにて、このほかに位階勲・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・一身すでに独立すれば、眼を転じて他人の独立を勧め、ついに同国人とともに一国の独立を謀るも自然の順序なれば、自主独立の一義、もって君に仕うべし、もって父母に事うべし、もって夫婦の倫をまっとうし、もって長幼の序を保ち、もって朋友の信を固うし、人・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・ 印度人のクマラスワミーに会いに来るからには、この人も同国の生れであろう。クマラスワミーは、簡単に、外国語学校で教えている同国人で、アタール氏だと紹介してくれた。 暫く話してから、西日の照る往来に出、間もなく、自分は、アタールという・・・ 宮本百合子 「思い出すこと」
・・・にかかわる彼の同国人をすりぬけさせてやった、その線のところにこそ「怒りの葡萄」ののちに来るテーマがひそんでいるであったろうに。―― 彼が「一人の男に握られた権力やその永続を極度に恐れ憎むアメリカ人にとって」、スターリンがどこでも必ず顔を・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・永正十一年駿河国興津に生れ、今川治部大輔殿に仕え、同国清見が関に住居いたし候。永禄三年五月二十日今川殿陣亡遊ばされ候時、景通も御供いたし候。年齢四十一歳に候。法名は千山宗及居士と申候。 父才八は永禄元年出生候て、三歳にして怙を失い、母の・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
出典:青空文庫