・・・だから僕は結婚後、僕等の間の愛情が純粋なものでない事を覚った時、一方僕の軽挙を後悔すると同時に、そう云う僕と同棲しなければならない妻も気の毒に感じたのだ。僕は君も知っている通り、元来体も壮健じゃない。その上僕は妻を愛そうと思っていても、妻の・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・予の全集は出版せられしや? 答 君の全集は出版せられたれども、売行きはなはだ振わざるがごとし。 問 予の全集は三百年の後、――すなわち著作権の失われたる後、万人の購うところとなるべし。予の同棲せる女友だちは如何? 答 彼女は書肆・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・後に母の母が同棲するようになってからは、その感化によって浄土真宗に入って信仰が定まると、外貌が一変して我意のない思い切りのいい、平静な生活を始めるようになった。そして癲癇のような烈しい発作は現われなくなった。もし母が昔の女の道徳に囚れないで・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・それが、純粋自然主義にあってはたんに見、そして承認するだけの事を、その同棲者が無遠慮にも、行い、かつ主張せんとするようになって、そこにこの不思議なる夫婦は最初の、そして最終の夫婦喧嘩を始めたのである。実行と観照との問題がそれである。そうして・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 母と妹とは自分達夫婦と同棲するのが窮屈で、赤坂区新町に下宿屋を開業。それも表向ではなく、例の素人下宿。いやに気位を高くして、家が広いから、それにどうせ遊んでいる身体、若いものを世話してやるだけのこと、もっとも性の知れぬお方は御免被ると・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・と言い出してお源は涙声になり「お前さんと同棲になってから三年になるが、その間真実に食うや食わずで今日はと思った日は一日だって有りやしないよ。私だって何も楽を仕様とは思わんけれど、これじゃ余りだと思うわ。お前さんこれじゃ乞食も同然じゃ無い・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・久しく同棲しているうちに、彼は、妻の感覚や感情の動き方が、隅々まで分るような気がした。 妻が見せた二反は、彼は一寸見たきりだったが、如何にも子供がほしがりそうなものだった。彼女は、頻りに地質もよさそうだと、枕頭で呟いたりしていた。子供が・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・で、マア、その娘もおれの所へ来るという覚悟、おれも行末はその女と同棲になろうというつもりだった。ところが世の中のお定まりで、思うようにはならぬ骰子の眼という習いだから仕方が無い、どうしてもこうしてもその女と別れなければならない、強いて情を張・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・駄目、駄目、もうすこし男性の心情が理解されそうなものだとか、もうすこし他の目に付かないような服装が出来そうなものだとか、もうすこしどうかいう毅然とした女に成れそうなものだとか、過る同棲の年月の間、一日として心に彼女を責めない日は無かった――・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・ おおかたヒステリイの女とでも同棲をはじめたのであろうと思った。 ついこのあいだ、二月のはじめころのことである。僕は夜おそく思いがけない女のひとのおとずれを受けた。玄関へ出てみると、青扇の最初のマダムであったのである。黒い毛のショオ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
出典:青空文庫