・・・とうとうこの女は、私と同棲三年目に、私を捨てて逃げて行きました。へんな書き置きみたいなものを残して行きましたが、それがまた何とも不愉快、あなたはユダヤ人だったのですね、はじめてわかりました、虫にたとえると、赤蟻です、と書いてあるのです。何の・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・もう、この頃、私は或る女のひとと同棲をはじめていたのです。でも、こんな工合いに大袈裟に腕組みをしているところなど、やっぱり少し気取っていますね。もっとも、この写真を写す時には、私もちょっと気取らざるを得なかったのです。私の両側に立っている二・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・ ☆ 高野さちよは、そのひとつきほどまえ、三木と同棲をはじめていた。数枝いいひと、死んでも忘れない、働かなければ、あたし、死ぬる、なんにも言えない、鴎は、あれは、唖の鳥です、とやや錯乱に似た言葉を書き残して、・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・に気づいた。同棲、以来、七年目。蟹について 阿部次郎のエッセイの中に、小さい蟹が自分のうちの台所で、横っ飛びに飛んだ。蟹も飛べるのか、そう思ったら、涙が出たという文章があった。あそこだけは、よし。 私の家の庭にも、ときた・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・物足りないというのは言い過ぎであろうが、ほんとうに孤独な人間がある場合には同棲のねずみに不思議な親しみを感ずるような事も不可能ではないように思われたりした。 そのうちにどこからともなく、水のもれるようにねずみの侵入がはじまった。一度通路・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・情が許せば、静かなこの町で隠逸な余生を楽しむ場合、陽気でも陰気でもなく、意気でも野暮でもなく、なおまた、若くもなく老けてもいない、そしてばかでも高慢でもない代りに、そう悧巧でも愚図でもないような彼女と同棲しうるときの、寂しい幸福を想像しない・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・あんまりお調子づいて、この論法一点張りで東西文明の比較論を進めて行くと、些細な特種の実例を上げる必要なくいわゆる Maison de Papierに住んで畳の上に夏は昆虫類と同棲する日本の生活全体が、何よりの雅致になってしまうからである。珍・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・それと共に男女同棲の生活をも決して嫌っていたのではない。今日になってこれを憶えば、そのいずれにも懐しい記憶が残っている。わたくしはそのいずれを思返しても決して慚愧と悔恨とを感ずるようなことはない。さびしいのも好かったし、賑なのもまたわるくは・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・男の同志はその女に性的な要求を感じ、「同棲しているのなら近所に変に思われない為にでも、本当の夫婦になってしまわなければ不便でもあるし、不自然でもある」といい出す。女はそのことに同意できない感情で苦しむ。同志というより一人の好きでない男という・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・ 自分との同棲者でなかった間、ドミトリーはインガの才能を理解していたらしかった。然し今は、インガも彼と同じく建設の闘士であると思うことが、彼には出来ない。 わるいことは、ドミトリーに、自分を持ち上げようとする本気な努力がないことだ。・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
出典:青空文庫