・・・の事業を軽々看過するものにあらざれども、独り怪しむべきは、氏が維新の朝に曩きの敵国の士人と並立て得々名利の地位に居るの一事なり(世に所謂大義名分より論ずるときは、日本国人はすべて帝室の臣民にして、その同胞臣民の間に敵も味方もあるべからずとい・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・作者は、それが公約であるとは知らず、ただ心いっぱいの思いで、悲しい同胞よ、わたしはいつかきっとあなたがたの、もっとよい友となる、と約束している。 この願いとその実現のための努力とは、それからのち、三十年に亙る様々の変転、種々の困難と危機・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第一巻)」
・・・親も同胞もない身で、おまけに思いもよらないこんな貧乏するなんて……本当にお前さえいなけりゃまた身の振り方もあろうが。――一ちゃん。しっかりしてくれなけりゃお母さん、何の望みで生きてるのか分りゃしないじゃないか」 母親の繰言に合の手を打っ・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・荷車を引いて、棍棒を持って犬殺しが来た、と、私共同胞三人は、ぞっとして家の中に逃げ込んだものだ。 白が死んだのは犬殺しに殺されたのか、病気であったのか。今だに判らない。きいて見ても母さえ忘れて居る。どうして連れて来られたのか知らないしろ・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・ 残されて歎く両親のため同胞のために。 奇蹟も表われなかった。 遠い潮鳴りの様に聞いた啜りなきの声もそれをきき分けて自分の立って居るのを何処だと知った時―― 涙は新に頬を走り下り、歎かいは新に蘇った力をもって、私の心をか・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・それに四十ぐらいの女中が一人ついて、くたびれた同胞二人を、「もうじきにお宿にお着きなさいます」と言って励まして歩かせようとする。二人の中で、姉娘は足を引きずるようにして歩いているが、それでも気が勝っていて、疲れたのを母や弟に知らせまいとして・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・また人殺しの科はどうして犯したかと問えば、兄弟は西陣に雇われて、空引きということをしていたが、給料が少なくて暮らしが立ちかねた、そのうち同胞が自殺をはかったが、死に切れなかった、そこで同胞が所詮助からぬから殺してくれと頼むので殺してやったと・・・ 森鴎外 「高瀬舟縁起」
・・・後者は自己を鼓舞し激励するとともに、多くの悩み疲れた同胞を鼓舞し激励します。 あなたに愚痴をこぼしたあとでこんな事をいうのは少しおかしいかも知れません。しかし私はあなたに愚痴をこぼしている内に自然こういう事を言いたい気持ちになって来たの・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・今その障害を除いて先生の天才を同胞の間に広めることは誠に喜ばしい企てであると思う。 岡倉先生が晩年当大学文学部において「東洋巧芸史」を講ぜられた時、自分はその聴講生の一人であった。自分の学生時代に最も深い感銘を受けたものは、この講義と大・・・ 和辻哲郎 「岡倉先生の思い出」
・・・私は彼らをも同胞として抱擁し得るような大きい愛をはぐくみたい。私はそういう愛の芽ばえが力強く三月の土を撞げかかっているように感ずる。 春が来た。春が来た。真実の生の春が来た。すべてはこれからだ。六 私は彼らを再び愛し得る・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫