・・・この言葉は帝王の言葉と云うよりも名優の言葉にふさわしそうである。 又 民衆は大義を信ずるものである。が、政治的天才は常に大義そのものには一文の銭をも抛たないものである。唯民衆を支配する為には大義の仮面を用いなければならぬ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・しかし、名優としての丸山君の名は聞いて知っていたし、また、その舞台姿も拝見した事がある。私は、いつでもおいで下さい、と返事を書いて、また拙宅に到る道筋の略図なども書き添えた。 数日後、丸山です、とれいの舞台で聞き覚えのある特徴のある声が・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・「あなたのひいきの高野幸代という役者は、なかなかの名優ですね。舞台だけでは足りなくて、廊下にまで芝居をひろげて居ります。」「そんなこと言うもんじゃないよ。」助七は当惑気に、両手を頭のうしろに組んで、「いや味だぜ。さちよも、一生懸命に書い・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・そのいかさまごとがあまりにも工夫に富みほとんど真に近く芸者末社もそれを疑わず、はては彼自身も疑わず、それは決して夢ではなく現在たしかに、一夜にして百万長者になりまた一朝めざむれば世にかくれなき名優となり面白おかしくその生涯を終るのである。死・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・舞台の名優は必ずしもフィルムの名優ではない。ロシア映画ではただのどん百姓が一流の名優として現われる。アメリカふうのスター映画でさえも、画面に時々しか顔を出さないエキストラのタイプの選択いかんによって画面の効果は高調されあるいは減殺される。・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・いかなる名優の活劇でも、これに比べてはおそらく茶番のようなものである。それからの後の場面で荒涼たる大雪原を渡ってくるトナカイの大群の実写は、あれは実に驚くべき傑作である。理屈なし説明なしに端的にすべての人の心を奪う種類のフィルムであり、活動・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・というので通っている名優の頭の悪い証拠として次のようなことを書いてあった。ある酷暑の日にその役者が「今日はだいぶ暑いと見える、観客席で扇の動き方が劇しいようだ」と云ったというのである。これはしかしその役者の頭の悪い証拠でなくて良い方の破格の・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・ 聞くところによると、そのKという女優は、富豪の娘に生れ、当代の名優と云われるTKの弟子になってその芸名のイニシアルを貰い、花やかに売出したのであったが、財界の嵐で父なる富豪が没落の悲運に襲われたために、その令嬢なるKは今では自分の腕一・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・ もしも、レコードと現場の放送との継ぎ目を自由に、ちょうどフィルムをつなぐようにつなぐことができれば、すでに故人となった名優と現に生きている名優とせりふのやり取りをさせることもできるであろう。九代目X十郎と十一代目X十郎との勧進帳を聞く・・・ 寺田寅彦 「ラジオ・モンタージュ」
・・・延若だの団十郎だの蝦十郎だの、名優の名がそのころ彼の耳についていた。金が夢のように費いはたされて、彼らが零落の淵に沈む前に、そうしたこの町相当の享楽時代があった。道太の見たのはおそらくその末期でしかなかったが、彼女はその時代を知っていた。・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫