・・・竿尻より上の一尺ばかりのところを持つと、竿は水の上に全身を凛とあらわして、あたかも名刀の鞘を払ったように美しい姿を見せた。 持たない中こそ何でもなかったが、手にして見るとその竿に対して油然として愛念が起った。とにかく竿を放そうとして二、・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・でける中に、源内兵衛真弘と云う者、腹巻取って打ち懸け、長刀持ちて走り出でけるが、佐殿を見奉り、馬の口に取り附き、『落人をば留め申せと、六波羅より仰せ下され給う』とて既に抱き下し奉らんとしければ、鬚切の名刀を以て抜打にしとど打たれければ、真弘・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・夜番のために正宗の名刀と南蛮鉄の具足とを買うべく余儀なくせられたる家族は、沢庵の尻尾を噛って日夜齷齪するにもかかわらず、夜番の方では頻りに刀と具足の不足を訴えている。われらは渾身の気力を挙げて、われらが過去を破壊しつつ、斃れるまで前進するの・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
出典:青空文庫