・・・――その目の前で、 名工のひき刀が線を青く刻んだ、小さな雪の菩薩が一体、くるくると二度、三度、六地蔵のように廻る……濃い睫毛がチチと瞬いて、耳朶と、咽喉に、薄紅梅の血が潮した。 脚気は喘いで、白い舌を舐めずり、政治狂は、目が・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ この素材の団塊からすぐれた学者が彼の体系をひねり上げる際にはやはり名工が陶器を作ると同様なものがあるような気がする。死んだ無機的団塊が統整的建設的叡知の生命を吹き込まれて見る間に有機的な機構系統として発育して行くのは実におもしろい見物・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・ 私は自分を、静かな夜の中に昔栄えた廃園に、足を草に抱かれて立つ名工の手になった立像の様にも思い、 この霧もこの月も又この星の光りさえも、此の中に私と云うものが一人居るばっかりにつくりなされたものの様にも思う。 身は霧の中にただ・・・ 宮本百合子 「秋霧」
出典:青空文庫