・・・その中に鶏や家鴨などが、客の来たのを珍しそうに眺めているという始末ですから、さすがの翁もこんな家に、大癡の名画があるのだろうかと、一時は元宰先生の言葉が疑いたくなったくらいでした。しかしわざわざ尋ねて来ながら、刺も通ぜずに帰るのは、もちろん・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・ 僕が当時買い集めた西洋名画の写真版はいまだに何枚か残っている。僕は近ごろ何かのついでにそれらの写真版に目を通した。するとそれらの一枚は、樹下に金髪の美人を立たせたウイスキイの会社の広告画だった。 二八 水泳 僕・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・天の助けがあるから自分は眼病をなおした上で無類の名画をかいて見せると勇み立って医師の所にかけつけて行きました。 王子も燕もはるかにこれを見て、今日も一ついい事をしたと清い心をもって夜のねむりにつきました。 そうこうするうちに気候はだ・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・ボスニア産のプリュウンであろうが、機関車であろうが、レンブラントの名画であろうが、それを大金で買って、気に入らないから、直ぐに廉価に売るには、何の差支もない。これは立派な売買である。仲買にたっぷり握らせて、自分も現金を融通する。仲買は公民権・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・かの国の有名な画廊にある名画の複製や、アラビアンナイトとデカメロンの豪華版や、愛書家の涎を流しそうな、芸術のための芸術と思われる書物が並んでいて、これにはちょっと意外な感じもした。そのほかになかなか美しい人形や小箱なども陳列してあったが、い・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・世界じゅうに名画の数がどれほどあってもそれはかまわない。どんなに拙劣でもいいから、生まれてまだ見た事のない自分の油絵というものに対してみたいというのであった。 このような望みは起こっては消え起こっては消え十数年も続いて来た。それがことし・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・それはどうしてもこの世のものではなくてだれかの名画の中の世界が眼前に生きて動いているとしか思われなかった。 ほとんど感傷的になって見とれている景色の中には、こんなに日が暮れかかってもまだ休まず働いている農夫の家族が幾組となくいた。赤子を・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・ 蓄音機でいい音楽を聞くのと、三色版で名画を見るのとはちょっと考えると似ているようで実は少し違ったところがあると思う。私の考えでは、三色版が色彩に対しても不忠実であるのみならず、画面の微妙な光沢や組織に対し全然再現能力のないのに反して、・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・ 師匠の真似ばかりしていた古来の職工的日本画家は別問題として、何らかの流派を開いた名画家の作品を見ると、たとえそれが品の悪い題材を取扱った浮世絵のようなものであっても、一口に云って差しつかえのないと思う特徴は、複雑な自然人生の中から何ら・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・ こういう立場から見た時にセザンヌやゴーホの価値が私には始めて明らかになると同時に、支那や日本の古来の名画までも今までとちがった光の下に新しく生きて来るような気がする。 こういう眼で見た帝展の日本画はどうであろう。美術院の絵画はどう・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
出典:青空文庫