・・・斎藤月岑の東都歳事記に挙ぐるものを見れば、谷中日暮里の養福寺、経王寺、大行寺、長久院、西光寺等には枝垂桜があり、根津の社内、谷中天王寺と瑞輪寺には名高い八重咲の桜があったと云う。 一昨年の春わたくしは森春濤の墓を掃いに日暮里の経王寺に赴・・・ 永井荷風 「上野」
・・・ 東京下町の溝の中には川のながれと同じように、長く都人に記憶されていた名高いものも少くはなかった。菊屋橋のかけられた新堀の流れ。三枚橋のかけられていた御徒町の忍川の如き溝渠である。 そのころ人の家をたずね歩むに当って、番地よりも橋の・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
○昔から名高い恋はいくらもあるがわれは就中八百屋お七の恋に同情を表するのだ。お七の心の中を察すると実にいじらしくていじらしくてたまらん処がある。やさしい可愛らしい彼女の胸の中には天地をもとろかすような情火が常に炎々として燃えて居る。その・・・ 正岡子規 「恋」
・・・それは名高いはなしだ。お前もきっと鷲の大臣のような名高い人になるだろう。よくいじわるなんかしないように気をつけないといけないぞ」 ホモイはつかれてねむくなりました。そして自分のお床にコロリと横になって言いました。 「大丈夫だよ。僕な・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・けれどもおまえたちは名高いヴェーッサンタラ大王のはなしを知っているだろう。ヴェーッサンタラ大王は檀波羅蜜の行と云ってほしいと云われるものは何でもやった。宝石でも着物でも喰べ物でもそのほか家でもけらいでも何でもみんな乞われるままに施された。そ・・・ 宮沢賢治 「学者アラムハラドの見た着物」
・・・昔何とかいう名高い絵かきが、幽霊の絵をかき明盲にしたりいろいろやって見たが一向凄くならない。そこで考えたにゃ、ものは何でも陰陽のつり合が大切だ。幽霊は陰のものだから陽のものを一つとり合わせて見ようてんで柳を描いたら、うまいこと行ったんだって・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ ところが、行って見るとカザン市で彼を迎えたのは歴史に名高いカザン大学ではなく、着いて三日目からの飢えであった。カザン大学のどの課目にもないゴーリキイ独特の「私の大学」時代が来たのであった。 ゴーリキイは淫売婦や貧しい大学生、人生の・・・ 宮本百合子 「逝けるマクシム・ゴーリキイ」
・・・ 浅草公園に何とかいう、動物をいろいろ見せる処がある。名高い狒々のいた近辺に、母と子との猿を一しょに入れてある檻があって、その前には例の輪切にした薩摩芋が置いてある。見物がその芋を竿の尖に突き刺して檻の格子の前に出すと、猿の母と子との間・・・ 森鴎外 「牛鍋」
・・・佐野さんは親が坊さんにすると云って、例の殺生石の伝説で名高い、源翁禅師を開基としている安穏寺に預けて置くと、お蝶が見初めて、いろいろにして近附いて、最初は容易に聴かなかったのを納得させた。婿を嫌ったのは、佐野さんがあるからの事であった。安穏・・・ 森鴎外 「心中」
・・・東京で名高い名園などでも杉苔を見なかったからである。しかし京都から移って来て数年後に東京の西北の郊外に住むようになってみると、杉苔は東京にもざらにあることがわかった。農家の防風林で日陰になっている畑の畔などにはしばしば見かける。散歩のついで・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫