・・・そうして自分の足と目で自由に気に向くままに歩き回り見て回る。この方法はとかくいろいろな失策や困難をひき起こしやすい。またいわゆる名所旧跡などのすぐ前を通りながら知らずに見のがしてしまったりするのは有りがちな事である。これは危険の多いヘテロド・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・海岸で裸で日光浴をやっているオットセイのような群れも号令でいっせいに寝返りを打ってこちらを向く。おおぜいの子供が原っぱに小さなきのこの群れのように並んで体操をやっている。赤ん坊でもちょうど蛙か何かのように足をつかまえてぶらさげてぴょんぴょん・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 足の向く方へ、また十歩ばかりも歩いて、路地の分れる角へ来ると、また「ぬけられます。」という灯が見えるが、さて共処まで行って、今歩いて来た後方を顧ると、何処も彼処も一様の家造りと、一様の路地なので、自分の歩いた道は、どの路地であったのか・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・とまた女の方を向く。「私には――認識した御本人でなくては」と団扇のふさを繊い指に巻きつける。「夢にすれば、すぐに活きる」と例の髯が無造作に答える。「どうして?」「わしのはこうじゃ」と語り出そうとする時、蚊遣火が消えて、暗きに潜めるがつと出で・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・カメロットに足は向くまじ」「美しき少女! 美しき少女!」と続け様に叫んでギニヴィアは薄き履に三たび石の床を踏みならす。肩に負う髪の時ならぬ波を描いて、二尺余りを一筋ごとに末まで渡る。 夫に二心なきを神の道との教は古るし。神の道に従う・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・僕は実際、一ぺんさがしに出かけたら、きっともう足が宝石のある所へ向くんだよ。そして宝石のある山へ行くと、奇体に足が動かない。直覚だねえ。いや、それだから、却って困ることもあるよ。たとえば僕は一千九百十九年の七月に、アメリカのジャイアントアー・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・けれ共自分は男だと思うと女、たかが十七の女に自分の心を占領されて居ると云う事をさとられるのはあんまりだと思ってともすれば向く足をたちなおしたちなおしあべこべの道を行った。お龍とすれ違う男と云う男は皆引きつけられる様に行きすぎたあともあたりを・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・熊は遠いところから見るのだし、お猿はチョコマカしていやで、象は、こっちを向くと少しこわいのですって。あっちを向いていると安心でうれしがった由。私は太郎親子と一つ車で上野まで廻って其から、あなたのところへ出かけ、久しぶりでテッちゃんに会いまし・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・墨を磨ってしまって、偶然のようにこっちへ向く。木村よりは三つ四つ歳の少い法学博士で、目附鼻附の緊まった、余地の少い、敏捷らしい顔に、金縁の目金を掛けている。「昨日お命じの事件を」と云いさして、書類を出す。課長は受け取って、ざっと読んで見・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・だから本人の気の向く学科を、勝手に選んでさせて置いて好いと思っているのであった。 ベルリンにいる間、秀麿が学者の噂をしてよこした中に、エエリヒ・シュミットの文才や弁説も度々褒めてあったが、それよりも神学者アドルフ・ハルナックの事業や勢力・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫