・・・それには渡左衛門尉を、――袈裟がその愛を衒っていた夫を殺そうと云うくらい、そうしてそれをあの女に否応なく承諾させるくらい、目的に協った事はない。そこで己は、まるで悪夢に襲われた人間のように、したくもない人殺しを、無理にあの女に勧めたのであろ・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・防ぎきれるものですか、否応なくこわされますよ。内からも外からも。だからこそ『妻たち』が書けたんじゃないかしら。私たち女はそこのちがいが大したものだと思うのよ」 宮本百合子 「折たく柴」
・・・バラさん、寿江子にそう云うと、私はもう否応なく主で、病院にいた間とはすっかりちがい、ひとまかせにしていられない生活の顔がもう其処に在る。庭にあんまり霜柱が立って八つ手や青木がしもげているのにおどろいた。うちの水道はこの頃殆ど毎日凍っている由・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
・・・また、そういう希望をもつものもなくて、反対に否応なく接触面はひろげられつつある。形象的にひろがりながら、文学の精神の表情は、何ものかに対して辞を低うするのが常識であるかのようになっているとすればその間の心理は一ひねり二ひねりしたものともなら・・・ 宮本百合子 「作品の主人公と心理の翳」
・・・そとからの力として否応なくどんなにおとなしい一人の若い婦人の日常にもそういうものが様々の形をとって迫って来る激しさは、今日私たちがありあまる程の実例の中に犇々と感じているところではなかろうか。 人生と歴史の時代の、こういう複雑な曲折・・・ 宮本百合子 「知性の開眼」
・・・それは親や兄の云いなりに否応なし形ばかり「神聖」な性的生活の、本質には同じような堕落に突き入れられるくらいなら、女も男と同じ感情で、自分から選んだ堕落の道に進む方がまだ痛快なだけましだとする点にあるだろう。 ところがこの感情の自主的とい・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
・・・すると彼は音読をやめた。否応なく読ませられることから胸のわるくなるような思いのするその本を眺めまわしていると、スムールイは、嗄れ声で皿洗い小僧に催促した。「お――、読みな」 スムールイの黒トランクの中には『ホーマー教訓集』『砲兵雑記・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・父と娘という互の心持から云えば考えることも出来ないような力が否応なく外から働きかけて来て、自由に会えなくなったりすることのあるのを私たちは一九三二年の春このかた知った。父独得の自然でこだわらない性格から、こういうことのさけがたさ、やむを得な・・・ 宮本百合子 「わが父」
出典:青空文庫