・・・其処に芸術家としての貪婪が、あらゆるものから養分を吸収しようとする欲望が、露骨に感ぜられるのは愉快である。 今日の流俗は昨日の流俗ではない。昨日の流俗は、反抗的な一切に冷淡なのが常であった。今日の流俗は反抗的ならざる一切に冷淡なのを常と・・・ 芥川竜之介 「近藤浩一路氏」
・・・また見よ、北の方なる蝦夷の島辺、すなわちこの北海道が、いかにいくたの風雲児を内地から吸収して、今日あるに到ったかを。 我が北海道は、じつに、我々日本人のために開かれた自由の国土である。劫初以来人の足跡つかぬ白雲落日の山、千古斧入らぬ蓊鬱・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・ 見わたすと、その檸檬の色彩はガチャガチャした色の階調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた。私は埃っぽい丸善の中の空気が、その檸檬の周囲だけ変に緊張しているような気がした。私はしばらくそれを眺めていた・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・あまりに慾張って、肥料を吸収しすぎた麦は、実らないさきに、青いまゝ倒れて、腐ってしまう。そのように、トルストイという肥料から、あまり慾張ってそれを吸収しすぎると、こっちが、肥料負けがしてあぶない。 僕は、「三つの死」のみず/\しい、詩に・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・ 商品とかえられて持ちだされてきいたルーブル紙幣は、十二銭内外で、サヴエート国内でただ一カ所密売買をやっている、浦潮の朝鮮銀行へ吸収されて行った。 鮮銀はさらに、カムチャッカ漁場の利権を買ってる漁業会社へ、一ルーブル十八銭――二十銭・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・しかるに人形のお園は太夫の声を吸収同化してかえってほんとうのお園そのものになりきってしまうのである。ここに人形劇の不思議があり、秘密がある。この秘密こそ発声映画研究家のまじめに研究し解決すべきものであろう。この現象の原因はどこにあるか、それ・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・おそらくわれわれの注意はその音楽のほうに吸収されて視覚のほうが消えてしまうか、あるいはかえって音楽のほうがわれわれの注意の圏外を上すべりにすべり越してしまうことになりはしないか。ともかくもこれは発声映画製作者に一つの問題を提出するものであろ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・いずれも内部には無数な細かい穴があってその間に多量の瓦斯を吸収する性質がある、炭が臭気止めに使われるのはこのためである。近頃檳榔子の炭を使って極寒まで冷した空気を吸わせ真空を作る事も発明された。また炭は溶液の中にある有機性の色素を吸収する性・・・ 寺田寅彦 「歳時記新註」
・・・ 許されうる限りの日光を吸収して、芝は気持ちよく生長する。無心な子供に踏みあらされても、きびしい氷点下の寒さにさらされても、この粘り強い生命の根はしっかりと互いにからみ合って、母なる土の胸にしがみついている。そうして父なる太陽が赤道を北・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・これはこれらの物質がその周囲の空気と光学的密度を異にしているためにその境界面で光線を反射し屈折するからであって、たとえその物質中を通過する間に光のエネルギーが少しも吸収されず、すなわち完全に「透明」であっても立派に明白に顕著に「見える」こと・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫