・・・ その日の昼過ぎから、沖の方は暴れて、ひじょうな吹雪になりました。夜になると、ますます風が募って、沖の方にあたって怪しい海鳴りの音などが聞こえたのであります。 その明くる日も、また、ひどい吹雪でありました。五つの赤いそりが出発してか・・・ 小川未明 「黒い人と赤いそり」
・・・それまで、私は、あらしや、吹雪の唄でも楽しんできいています。そして、あなたたちが、岩穴の中で、こうもりのおばあさんからきいた、不思議のおとぎばなしを教えてくだされば、私は、西風のうたっていた北の国の唄をうたってきかせますよ。」「なんだか・・・ 小川未明 「しんぱくの話」
・・・その姉のさびしい生涯を想えば、もはや月並みな若い娘らしい幸福に甘んずることは許されず、姉の一生を吹き渡った孤独な冬の風に自分もまた吹雪と共に吹かれて行こうという道子にとっては、自分の若さや青春を捨てて異境に働き、異境に死ぬよりほかに、姉に報・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
十一月の半ば過ぎると、もう北海道には雪が降る。乾いた、細かい、ギリギリと寒い雪だ。――チヤツプリンの「黄金狂時代」を見た人は、あのアラスカの大吹雪を思い出すことが出来る、あれとそのまゝが北海道の冬である。北海道へ「出稼」に来た人達は冬・・・ 小林多喜二 「北海道の「俊寛」」
・・・うでしたが、この地方も何十年振りかの大雪で、往来の電線に手がとどきそうになるほど雪が積り、庭木はへし折られ、塀は押し倒され、またぺしゃんこに潰された家などもあり、ほとんど大洪水みたいな被害で、連日の猛吹雪のため、このあたり一帯の交通が二十日・・・ 太宰治 「嘘」
・・・これらこそ安易の夢、無智の快楽、十年まえ、太陽の国、果樹の園をあこがれ求めて船出した十九の春の心にかえり、あたたかき真昼、さくらの花の吹雪を求め、泥の海、蝙蝠の巣、船橋とやらの漁師まちより髭も剃らずに出て来た男、ゆるし給え。」 痩躯、一・・・ 太宰治 「喝采」
・・・兎どころか、私のふるさとでは美しい女さえ溶けてしまうのです。吹雪の夜に、わがやの門口に行倒れていた唇の赤い娘を助けて、きれいな上に、無口で働きものゆえ一緒に世帯を持って、そのうちにだんだんあたたかくなると共に、あのきれいなお嫁も痩せて元気が・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 疼痛。からだがしびれるほど重かった。ついであのくさい呼吸を聞いた。「阿呆」 スワは短く叫んだ。 ものもわからず外へはしって出た。 吹雪! それがどっと顔をぶった。思わずめためた坐って了った。みるみる髪も着物ももまっしろ・・・ 太宰治 「魚服記」
・・・女学校四年生の時、野沢温泉から木島まで吹雪の中をスキイで突破した時のおそろしさを、ふいと思い出した。あの時のリュックサックの代りに、いまは背中に園子が眠っている。園子は何も知らずに眠っている。 背後から、我が大君に召されえたあるう、と実・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・ととさまえのう、と泣いて慕う子を振り切って、宗五郎は吹雪の中へ走って消えます。あれを、どうお思いでしょうか。アメリカ人が見たら、あれをどう感ずるでしょうか。ロシヤ人が見たら、何と判断するでしょうか。 しかし私たち日本人、殊に男が何か仕事・・・ 太宰治 「政治家と家庭」
出典:青空文庫