・・・これからはもう決して政の所へなど行くことはならぬ。吾子を許すではないが政は未だ児供だ。民やは十七ではないか。つまらぬ噂をされるとお前の体に疵がつく。政夫だって気をつけろ……。来月から千葉の中学へ行くんじゃないか」 民子は年が多いし且は意・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・たった二日か三日しか畑も田圃も見ないのだが、何だか三年も吾子に逢わないような気がした。「もう嫁達は、川端田圃へゆきついた時分だろう……」 頃合をはかって、善ニョムさんは寝床の上へ、ソロソロ起きあがると、股引を穿き、野良着のシャツを着・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・生れて何も知らぬ吾子の頬に 母よ 絶望の涙をおとすな 格調たかく歌い出されている「頬」忘れかねたる吾子初台に住むときいて通るたびに電車からのび上るのは何のためか 呻きのように母の思いのなり・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
出典:青空文庫