・・・我ながらだらしのないのには呆れますが。(作者註。この間に桜の散っていること、鶺鴒の屋根へ来ること、射的に七円五十銭使ったこと、田舎芸者のこと、安来節芝居に驚いたこと、蕨狩りに行ったこと、消防の演習を見たこと、蟇口を落したことなどを記せる十数・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・ 了哲はそれを聞くと、呆れたような顔をして、宗俊を見た。「いい加減に欲ばるがいい。銀の煙管でさえ、あの通りねだられるのに、何で金無垢の煙管なんぞ持って来るものか。」「じゃあれは何だ。」「真鍮だろうさ。」 宗俊は肩をゆすっ・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・ 赤坊の事を思うと、急に小銭がほしくなって、彼れがこういい出すと、帳場は呆れたように彼れの顔を見詰めた、――こいつは馬鹿な面をしているくせに油断のならない横紙破りだと思いながら。そして事務所では金の借貸は一切しないから縁者になる川森から・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ としみじみいうのを、呆れた顔して、聞き澄ました、奴は上唇を舌で甞め、眦を下げて哄々とふき出し。「馬鹿あ、馬鹿あいわねえもんだ。へ、へ、へ、魚が、魚が人間を釣りに来てどうするだ。尾で立ってちょこちょこ歩行いて、鰭で棹を持つのかよ、よ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ 二階のその角座敷では、三人、顔を見合わせて、ただ呆れ果ててぞいたりける風情がある。 これは、さもありそうな事で、一座の立女形たるべき娘さえ、十五十六ではない、二十を三つ四つも越しているのに。――円髷は四十近で、笛吹きのごときは・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 予は渋川に逢うや否や、直ぐに直江津に同行せよと勧め、渋川が呆れてるのを無理に同意さした。茶を持ってきた岡村に西行汽車の柏崎発は何時かと云えば、十一時二十分と十二時二十分だという。それでは其十一時二十分にしようときめる。岡村はそれでは直・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・「なあにだめだだめだ、あの様子では……人間もばかになればなるものだ、つくづく呆れっちまった。どういうもんかな、世間の手前もよし、あれの仕合せにもなるし、向うでは懇望なのだから、残念だなあ」 父はよくよく嘆息する。「だから今一応も・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ 呆れもしない。いつ私が金さんと一緒になるって言ったね?」「言わないたって、まあその見当でしょう?」「馬鹿なことをお言い!」 為さんはわざと恍けた顔をして、「へええ、じゃ私の推量は違いましたかね」とさらに膝の相触れるまで近づいて・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ みんなは口を明いて、呆れたように空の方を見ていました。 そうすると、やがて不意に、大きな梨の実が落ちて来ました。それはそれは今までに見た事もないような大きな梨の実でした。西瓜ぐらい大きな梨の実でした。 すると、爺さんはニコニコ・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・ いよいよ実家に戻ることになり、豹一を連れて帰ってみると、家の中は呆れるほど汚かった。障子の桟にはべたッと埃がへばりつき、天井には蜘蛛の巣がいくつも、押入れには汚れ物がいっぱいあった。……お君が嫁いだ後、金助は手伝い婆さんを雇って家・・・ 織田作之助 「雨」
出典:青空文庫