・・・うと息を引き、馬蛤の穴を刎飛んで、田打蟹が、ぼろぼろ打つでしゅ、泡ほどの砂の沫を被って転がって遁げる時、口惜しさに、奴の穿いた、奢った長靴、丹精に磨いた自慢の向脛へ、この唾をかッと吐掛けたれば、この一呪詛によって、あの、ご秘蔵の長靴は、穴が・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・蓋し当時、夫婦を呪詛するという捨台辞を残して、我言かくのごとく違わじと、杖をもって土を打つこと三たびにして、薄月の十日の宵の、十二社の池の周囲を弓なりに、飛ぶかとばかり走り去った、予言者の鼻の行方がいまだに分らないからのことである。明治・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ してみれば、お貞、お前が呪詛殺すんだと、吾がそう思っても、仕方があるまい。 吾はどのみち助からないと、初手ッから断念めてるが、お貞、お前の望が叶うて、後で天下晴に楽まれるのは、吾はどうしても断念められない。 謂うと何だか、女々・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・…… われら町人の爺媼の風説であろうが、矯曇弥の呪詛の押絵は、城中の奥のうち、御台、正室ではなく、かえって当時の、側室、愛妾の手に成ったのだと言うのである。しかも、その側室は、絵をよくして、押絵の面描は皆その彩筆に成ったのだと聞くのも意・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・道徳的意味においてこれは呪詛されねばならぬ。われわれは真の人間の共同態フォイエルバッハの Gemeinschaft des Menschen mit dem Menschen を建設せんことを熱願する。しかし物力の必然でなく、人間の道徳的努・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・そのとき自暴になったり、女性呪詛者になったり、悲しみにくず折れてしまってはならぬ。思いが深かっただけ傷は深く、軽い慰めの語はむしろ心なき業であるが、しかも忍び通さねばならないのだ。これを正しく忍び通した者は一生動かない精神的態度の純潤性と深・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・たとい孤独や、呪詛や、非難的の文字の書に対するときにも、これらの著者がこれを公にした以上は、共存者への「訴えの心」が潜在していることを洞察して、ゼネラスな態度で、その意をくみとろうと努むべきである。 人間は宿命的に利己的であると説くショ・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・故に女は男に比るに愚にて、目前なる然べきことをも知らず、又人の誹るべき事をも弁えず、我夫我子の災と成るべきことをも知らず、科もなき人を怨怒り呪詛ひ、或は人を妬憎て我身独立んと思へど、人に憎れ疏れて皆我身の仇と成ことをしらず、最はかなく浅猿し・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・生の重点はこの努力にあって、与えられた物にあるのではない。呪詛は生を傷い、愛は生を高める。ただ愛せよ、そしてすべてを最もよく生かせよ。――こうして私は喜悦と勇気とに充たされる。天分の疑懼はしばらくの間私の心を苦しめなくなる。 天才はその・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・あらゆる排斥運動や呪詛が女御の上に集中してくる。ついに深山に連れて行かれ、首を切られることになる。その直前にこの后は、山中において王子を産んだ。そうして、首を切られた後にも、その胴体と四肢とは少しも傷つくことなく、双の乳房をもって太子を哺ん・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫