・・・それはあるいは伝習を固執するアカデミックな画家や鑑賞家の眼からは甚だ不都合なものであるかもしれないが、ともかくも自分だけは自然の色彩に関する新しい見方と味わい方を教えられて来たのである。それからまた同君の図案を集めた帖などを一枚一枚見て行く・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・文芸家にとっても関係を明かにする必要はあるが、これを明かにするのは従前よりよくこの関係を味わい得るために、明かにするのだからして、いくら明かになるからと云うて、この関係を味わい得ぬ程度までに明かにしては何にもならんのであります。だから三と云・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・純粋にそれを味わい得ることは稀だ」その純粋に経験された場合として、愛らしい夏子と村岡と夏子の死が扱われているわけなのだが、今日の時々刻々に私たちの生に登場して来ている愛と死の課題の生々しさ、切実さ複雑さは、それが夏子を殺した自然と一つもので・・・ 宮本百合子 「「愛と死」」
・・・このごろ初恋につれて新しい興味をもたれているデイアナ・ダーヴィン、この女優はその歌にほんとうの濃やかな味わいがないとおりに、修業や世俗の悧巧さでおおいきれない素質としての平凡さ、詰らなさがあるように感じられる。 日本の映画女優で、頭のい・・・ 宮本百合子 「映画女優の知性」
・・・自分の体力、智力、自分とひととの経験の総和についての知識とその実力とが、むき出しな自然の動きと直面し対決してゆく、その味わいでの山恋いではないだろうか。槇有恒氏の山についての本はどんなその間の機微を語っているか知らないけれど、岩波文庫のウィ・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・ ジュンというノルマル・スクールに通っている第二世の娘を中心に「白い人種でない、という限りない寂しさを味わい」つつ、あるいは絶望し、あるいは健気にその苦痛、困難と闘おうとする日本人移民、それらの移民を中間で搾取する日本人の親方、密告、不・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・ 先生の講義が右のごとく我々を動かしたのは、先生が単に美術品についての事実的知識を伝えるにとどまらずして、さらにそれらの美術品を見る視点を我々に与え、美術品の味わい方を我々に伝えたがためであったと思う。この点において先生は実に非凡な才能・・・ 和辻哲郎 「岡倉先生の思い出」
・・・ 享楽の能力が豊富であるとは、物象に現われた生命の価値を十分に味わい得るということである。そのためにはあらゆる種類の物象に対して常に生命の共鳴を感じ得るほどに自己の生命が広く豊かでなくてはならない。 木下杢太郎はその享楽の力の広汎豊・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
・・・ そこでこの青春を、心の動くままに味わいつくすのがいいか、あるいは厳粛な予想によって絶えず鍛練して行くのがいいか、という問題になります。 青春は再び帰って来ない。その新鮮な感受性によって受ける全身を震駭するような歓楽。その弾性に充ち・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
・・・心の濃淡を感覚の上に移し、情の深さを味わいのこまやかさで量り、生の豊麗を肉感の豊麗に求めた。そうしてすべてを変化のゆえに、新味のゆえに尚んだ。こうして私は生の深秘をつかむと信じながら、常に核実を遠のいていたのであった。それゆえに私は真の勇気・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫