・・・新らしき思想の世界を拓かんとする羊の如く山の奥に逃げ込まずに獅子の如く山の奥から飛出して咆哮せよ。 二十五ヵ年の歳月が文学をして職業として存立するを得せしめ、国家をして文学の存在を認めしむるに到ったのは無論進歩したには違いないが、世界の・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・思わず、けだもののような咆哮が腹の底から噴出した。一本の外国煙草がひと一人の命と立派に同じ価格でもって交換されたという物語。私の場合、まさにそれであった。縄を取去り、その場にうち伏したまま、左様、一時間くらい死人のようにぐったりしていた。蟻・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・私はこういう咆哮をさえ気にかけず島をめぐり歩いたのである。 私は島の単調さに驚いた。歩いても歩いても、こつこつの固い道である。右手は岩山であって、すぐ左手には粗い胡麻石が殆ど垂直にそそり立っているのだ。そのあいだに、いま私の歩いている此・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
・・・ けだものの咆哮の声が、間断なく聞える。「なんだろう。」私は先刻から不審であった。「すぐ裏に、公園の動物園があるのよ。」妹が教えてくれた。「ライオンなんか、逃げ出しちゃたいへんね。」くったく無く笑っている。 君たちは、幸福だ・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・一声高く咆哮しておどり上がりおどり上がると、だだっ子の兵児帯がほどけるように大蛇の巻き線がゆるみほぐれてしまう。しかし、虎もさすがに、「これは少し相手が悪い」といったようなふうで、あっさりと見切りをつけて結局このけんかはもの別れになるらしい・・・ 寺田寅彦 「映画「マルガ」に現われた動物の闘争」
・・・ 入口を這入る時から、下の方で何だか恐ろしく大きな声で咆哮している人がある事に気が付いていたが、席が定まってからよく見ると、それは正面の高い壇の中壇のような処に立って何事か演説している人の声であった。どういう事が問題になっているのか、肝・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
・・・自己の劃したる檻内に咆哮して、互に噛み合う術は心得ている。一歩でも檻外に向って社会的に同類全体の地位を高めようとは考えていない。互を軽蔑した文字を恬として六号活字に並べ立てたりなどして、故さらに自分らが社会から軽蔑されるような地盤を固めつつ・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・否、凡そ神を信ずる者にしてこの二語を奉ぜざるものありや、細部の諍論は暫らく措け、凡そ何人か神を信ずるものにしてこの二語を否定するものありや。」咆哮し終ってマットン博士は卓を打ち式場を見廻しました。満場森として声もなかったのです。博士は続けま・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
出典:青空文庫