・・・とか、「和服のときには、帯は、どんなのがいいの?」なんて、本気にやり出す。 ほんとに、何も考えない可愛らしいひと。「どなたと見合いなさるの?」と私も、笑いながら尋ねると、「もち屋は、もち屋と言いますからね」と、澄まして答えた。そ・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・その夜は何かの会の帰りらしく、和服に袴をはいていました。かなりもう酔っているようで、ふらふら僕の傍にやって来て腰をおろし、「聞いた。馬鹿野郎だ、お前は。」 本気に怒っている顔でした。「あれか? あの女が、そうか?」 おでんを・・・ 太宰治 「女類」
・・・ 前田さんは、前は洋装であったが、こんどは和服であった。おでんやの土間の椅子に腰かけて、煙草を吸っていた。痩せて、背の高いひとであった。顔は細長くて蒼白く、おしろいも口紅もつけていないようで、薄い唇は白く乾いている感じであった。かなり度・・・ 太宰治 「父」
・・・華美な和服の着流し。もう、すっかり春だ。津軽の春は、ドカンと一時にやって来るね。ほんとうに。ホップ、ステップ、エンド、ジャンプなんて飛び方でなくて、ほんのワンステップで、からりと春になってしまうのねえ。あんなに深く積っていた・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・上の男の子はあの頃四つくらいで名はエンリコとかいうそうだが、当り前の和服を着て近所の子供と遊んでいるのを見ては混血児と思われぬようであった。黒田はこの児を大変に可愛がってエンチャン/\と親しんでいた。父親が金をこしらえあげた暁にこの児の運命・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・服装なども無頓着であったらしく、よれよれの和服の着流しで町を歩いている恰好などちょっと高等学校の先生らしく見えなかったという記憶がある。それはとにかく、その当時夏目先生と何かと世間話していたとき、このS先生の噂をしたら先生は「アー、Sかー」・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
・・・ 議長が、それでは唯今の何とかを取消します、というたようであった。すると、また隅々からわあっという歓声とも怒号とも分らぬ声が聞こえた。 和服を着た肥った老人が登壇した。何か書類のようなものを鷲握みにして読みはじめたと思ったらすぐ終っ・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
・・・そのころの給仕人は和服に角帯姿であったが、震災後向かい側に引っ越してからそれがタキシードか何かに変わると同時にどういうものか自分にはここの敷居が高くなってしまった、一方ではまたSとかFとかKとかいうわれわれ向きの喫茶店ができたので自然にそっ・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・ 艫の方の横木に凭れて立っている和服にマント鳥打帽の若い男がいちばんの主人株らしい、たぶん今日のプログラムを書いてあるらしい紙片を手に持って立っている。その傍に花火を入れた箱があって、助手がそこから順々に花火の玉を出して打手に渡す。・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・これが自分の和服礼装に変相し、婚礼が法事に翻訳されたのかもしれない。紫色の服を着た女はやはり同じ写真の中に現われた黒い式服の中年婦人の変形であるとしたところで、瀬戸物を踏み砕く一条だけは説明困難である。あるいは葬式や嫁入りの門先に皿鉢を砕く・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
出典:青空文庫