・・・近代では洋服が普及されたが、固有な和服が跡を絶つ日はちょっと考えられない。たとえば冬湿夏乾の西欧に発達した洋服が、反対に冬乾夏湿の日本の気候においても和服に比べて、その生理的効果がすぐれているかどうかは科学的研究を経た上でなければにわかに決・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・しかし巡査の概念として白い服を着てサーベルをさしているときめると一面には巡査が和服で兵児帯のこともあるから概念できめてしまうと窮屈になる。定義できめてしまっては世の中の事がわからなくなると仏国の学者はいうている。 物は常に変化して行く、・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・となりに、百代が萌黄立枠の和服で深く椅子の中に靠れ込み、忠一と低い声であきず何か話していた。忠一は、百代の背中に手をまわすようにして、同じ椅子の肱に横がけしているのだ。その真正面に、もう一冊の活動写真雑誌をひろげて篤介が制服でいた。午後二時・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・やっぱり特徴のある髪の毛と細面な顔だちで、和服に袴の姿であった。そして漂然としたような話しぶりの裡に、敏感に自分の動きを相手との間から感じとってゆこうとする特色も初対面の印象に刻まれた。丁度どこかへ出かけるときで、小熊さんも一緒に程なく家を・・・ 宮本百合子 「旭川から」
・・・「和服仕立て致します」「裁縫致します」と細長く切った紙に書いた広告はその家の前に大きく堂々と掲げられていることは殆どない。小さい紙に女のいくらかたどたどしい字で「和服裁縫致します。何番地何某」と、姓だけしか書いてない紙が板塀や電信柱に貼られ・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・○ 夜、寿江子、和服を着て来るや否やしめつけない帯がずるずるになったと云って、バラさんに直して貰っている。 一月○日 十日に入営する隆ちゃんより来信。点呼のとき青年団員が復唱するような勇壮な調子で入営について書いてあり、又ほ・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
・・・これで誘われて、世田谷の子供達にも毛糸をやろうと思いつきました。和服で育っていても調法だから。そちらへも広島から隆治さんの葉書はきましたか。こちらへ一昨日もらいました。何んてよかったでしょう。お母さんもこれでいいお正月がお出来です。私達同胞・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 先の教科書では、洋服を着、靴をはいて画かれていた小学生の姿が、改正されたものでは、和服で藁草履をはいている。これは何故であろうか? ある人はこれを説明して、「もとの絵は都会の生活を主にして画かれていた。あれを見て、農民はいたずらに虚栄心を・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
・・・それと同時に、この非常時に女が洋装をしていることは望ましくない。和服で通勤せよ、ということになった。それは真夏のことであった。タイピストたちは、今年はことに激しかった猛暑の中で大汗になり、袂を肩へかつぎあげて、残業で働いている。そういう話を・・・ 宮本百合子 「祭日ならざる日々」
・・・漱石は座ぶとんの上にきちんとすわっていた。和服を着てすわっている漱石の姿を見たのはこれが最初である。客がはいって行ってもあまり体を動かさなかった。その体つきはきりっと締まって見えた。三年前の大患以後、病気つづきで、この年にも『行人』の執筆を・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫