・・・そして其の極は詰り人間の生活の極だとでも申しましょうか、哲人の価値は神の光栄でございます。痴人は人類の悲歎でございます。其故、私は真に徹した生活をして居る者の価値は、日常生活の風習の差異等を眼中に置かない共鳴を持つと信じて居ります。然し、私・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・一八八七年、五十九歳に達したトルストイと四十三歳のソフィヤ夫人とは銀婚式をあげ、恐らくそれは世界的大芸術家、社会改良家、哲人としての名誉にふさわしい家族的祝祭であったであろうが、トルストイは自分の日記に向ってただ一行、恐ろしい含蓄をもって書・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・カサスの山にしばりつけられ、日毎新しくなる肝臓を日毎にコーカサスの禿鷹についばまれて永遠に苦しみつづけなければならない罰を蒙った、というこの物語の結末を、後代からは叡智の選手のように見られたギリシアの哲人たち誰もが変えようとしなかった。・・・ 宮本百合子 「なぜ、それはそうであったか」
・・・由来、犬を飼って愛すようなものは幾分哲人の風格をおび、たとえばモーリス・メーテルリンクでも、すばらしい犬の物語を書いているように云々……と。 なるほど、川端康成は老成の筆ぶりで「わが犬の記」を書き、綿々たる霊の讚歌「抒情歌」を書き、決し・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・神の道は嶮しい、神は残酷だ、と言った哲人の言葉がしみじみと胸にこたえる。――もとよりこの場合に私は自分の行為が「大きい不幸」をかもしたとは思っていない。なぜなら、彼らの心はこの事によって痛みを感じるにはあまり不死身だからである。しかし私は彼・・・ 和辻哲郎 「転向」
・・・小説家であるよりもむしろ哲人に近かった。そのためか、先生の作物に写実味の乏しいことは、さほど気にならない。 私は先生の芸術に著しいイデエを認める。一の作物の結構はすべてそのイデエから出ているように思う。この意味で先生の作物はかなり「作ら・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫