・・・ 大きな声を出してお君が物を云って居るんで、お金は境の唐紙の所の柱によりかかって、親子の様子を見て居たが、二人が頭をつき合わせて一つ鉢の花を見て居て、自分は斯うやって一人で立って居るのかと思うと極く子供っぽいながら、烈しい、うらやみとね・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・そこをあけると、玄関が二畳でそこにはまだ一部分がこわれたので、組立てられずに白木の大本棚が置いてあり、右手の唐紙をあけると、そこは四畳半で、箪笥と衣桁とがおいてあり、アイロンが小さい地袋の上に光っている。そこの左手の襖をあけると、八畳の部屋・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ どうかして周囲には人が誰も居ないで私丈がいつもの様に火鉢にあたりながら呆んやり座って居ると、後の唐紙をあけて、大変髭の濃い顔の角張った人が入って来た。 私は一寸振返ったけれ共知らない人だったので黙って居ると、屏風の中に入って何かし・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・却って唐紙に墨で描いたような上司小剣氏の「石合戦」が現われたりしている。これは何故であろうか。或る種の人々はこれまでの作家の怠慢さにその原因を帰するけれども、果してそれだけのことであろうか。社会性は益々濃厚に各方面から各人の上に輻輳して来て・・・ 宮本百合子 「文学の流れ」
・・・ 自分にとって、あの赧黄色い地に、黒でこまこまと唐草の描いてある唐紙ほど、いやなものはない。新らしい家ではとも角、古び、木の黒光るような小家に、あの襖が閉って居ると、陰気で、気味悪く、陰から、何かが出て来そうにさえ感じられる。 若し・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・丁度こちらの室へ女中が茶を運んで来たところで唐紙が開いて居た。鼻まで襟巻でくるんだ男が無遠慮にそこから内を覗きそうにした。「いやだよ、この人ったら」 男のトンビの陰にかくれるようにして、顔は見えず派手なメリンス羽織の背が目に止った。・・・ 宮本百合子 「町の展望」
・・・そこを通り抜けて、唐紙を開けると、居間である。 机が二つ九十度の角を形づくるように据えて、その前に座布団が鋪いてある。そこへ据わって、マッチを擦って、朝日を一本飲む。 木村は為事をするのに、差当りしなくてはならない事と、暇のある度に・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・見えたのは紅唐紙で、それに「立春大吉」と書いてある。その吉の字が半分裂けて、ぶらりと下がっている。それを見てからは、小川は暗示を受けたように目をその壁から放すことが出来ない。「や。あの裂けた紅唐紙の切れのぶら下っている下は、一面の粟稈だ。そ・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・ 僕はどうしようかと思って、暫く立ち竦んでいたが、右の方の唐紙が明いている、その先きに人声がするので、その方へ行って見た。そこは十四畳ばかりの座敷で、南側は古風に刈り込んだ松の木があったり、雪見燈籠があったり、泉水があったりする庭を見晴・・・ 森鴎外 「百物語」
一 村では秋の収穫時が済んだ。夏から延ばされていた消防慰労会が、寺の本堂で催された。漸く一座に酒が廻った。 その時、突然一枚の唐紙が激しい音を立てて、内側へ倒れて来た。それと同時に、秋三と勘次の塊りは組み合ったまま本堂の中へ・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫