・・・ 不安の文学という声は、先ずそれを唱える人々が、その不安を追究する方法をもっていないことで忽ち深い混迷に陥った。社会と文学との感覚で不安は感じられているのだが、不安の彼方に何を求めて、どう不安を克服しようとしているのかと云われると、その・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・夫唱婦随が美俗とされるところでは、夫の唱える知性の流れがどのように低い川底を走っていなければならないかということに新鮮なおどろきと悲しみの眼を瞠ったとき、婦人の知性の開眼はおこなわれるのであるとさえ思うのである。〔一九三九年八月〕・・・ 宮本百合子 「知性の開眼」
・・・という十分の自覚に立って日本の文学古典のうち最も生活と芸術とが融合一致していた万葉時代の、生命力に溢れた芸術の精神を唱えるという人々の矛盾を、私たちは何と解釈すべきであろうか。万葉とは対蹠的な罪業や来世の観念に貫かれた王朝の精神というものを・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・一族討手を引き受けて、ともに死ぬるほかはないと、一人の異議を称えるものもなく決した。 阿部一族は妻子を引きまとめて、権兵衛が山崎の屋敷に立て籠った。 おだやかならぬ一族の様子が上に聞えた。横目が偵察に出て来た。山崎の屋敷では門を厳重・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫