・・・「襟に商標が押してございまして、それがロシアの商店ので。」 おれは椅子から立ち上がった。「もういいもういい。そこで幾ら立て替えておいてくれたのかい。」「六百マルクでございます。秘密警察署の方は官吏でございますから、報酬は取り・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・ もう一つ、自分の学生時代に世話になった銀座のある商店の養子になっていた人から聞いた話によると、その実家というのが牛込の喜久井町で、そのすぐ裏隣りとかに夏目という家があった、幼い時のことだから、その夏目家の人については何の記憶もないがそ・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
・・・学位記というものは、云わば商売志願の若者が三年か五年の間ある商店で実務の習練を無事に勤め上げたという考査状と同等なものに過ぎない。学者の仕事は、それに終るのではなくて、実はそれから始まるのである。学位を取った日から勉強をやめてしまうような現・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・毘沙門かなんかの縁日にはI商店の格子戸の前に夜店が並んだ。帳場で番頭や手代や、それからむすこのSちゃんといっしょに寄り集まっていろいろの遊戯や話をした。年の若い店員の間には文学熱が盛んで当時ほとんど唯一であったかと思われる青年文学雑誌「文庫・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ 適当な楽譜を得るためにはじめには銀座へんの大きな楽器店へ捜しに行ったが、そういう商店はなんとなくお役所のように気位が高いというのか横風だというのか、ともかくも自分には気が引けるようで不愉快であったから、おしまいには横浜のドーリングとか・・・ 寺田寅彦 「二十四年前」
・・・おもちゃその物の効果については時々教育家や心理学者の講話を新聞や雑誌で読んでみるが、具体的に何商店のどのおもちゃがいいという事を教えてくれないのは物足りない。実際買おうと思って見渡す時に、自分が安心してこれならと思う品がまことに少ない。こん・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・林のお父さんも、お母さんもまだそこで大きな商店をやってるということだった。「アメリカさ、太平洋の真ン中にあるよ」 フーン、と私は返辞する。地図で習ったことを思いだすが、太平洋がどれくらい広くて、ハワイという島がどれくらい大きいのか想・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・銀座の商店の改良と銀座の街の敷石とは、将来如何なる進化の道によって、浴衣に兵児帯をしめた夕凉の人の姿と、唐傘に高足駄を穿いた通行人との調和を取るに至るであろうか。交詢社の広間に行くと、希臘風の人物を描いた「神の森」の壁画の下に、五ツ紋の紳士・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・ 踊子の栄子と大道具の頭の家族が住んでいた家は、商店の賑かにつづいた、いつも昼夜の別なくレコードの流行歌が騒々しく聞える千束町を真直に北へ行き、横町の端れに忽然吉原遊廓の家と灯とが鼻先に見えるあたりの路地裏にあった。或晩舞台で稽古に夜を・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・それから公園に近くなるにつれて商店や飲食店が次第に増えて、賑な町になるのであった。 震災の時まで、市川猿之助君が多年住んでいた家はこの通の西側にあった。酉の市の晩には夜通し家を開け放ちにして通りがかりの来客に酒肴を出すのを吉例としていた・・・ 永井荷風 「里の今昔」
出典:青空文庫