・・・その頃には日本の租界はなかったので、領事館を始め、日本の会社や商店は大抵美租界の一隅にあった。唯横浜正金銀行と三井物産会社とが英租界の最も繁華な河岸通にあったのだという。 美租界と英租界との間に運河があって、虹口橋とか呼ばれた橋がかかっ・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・両側とも商店が並んでいるが、源森川を渡った事から考えて、わたくしはむかしならば小梅あたりを行くのだろうと思っている中、車掌が次は須崎町、お降りは御在ませんかといった。降る人も、乗る人もない。車は電車通から急に左へ曲り、すぐまた右へ折れると、・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・むかし待乳山の岡の下には一条の細い町があって両側に並んでいる店付の質素な商店の中には、今戸焼の陶器や川魚の佃煮を売る店があって、この辺一帯の町を如何にも名所らしく思わせていたが、今はセメントで固めた広い道路となってトラックが砂烟を立てて走っ・・・ 永井荷風 「水のながれ」
・・・どの商店も小綺麗にさっぱりして、磨いた硝子の飾窓には、様々の珍しい商品が並んでいた。珈琲店の軒には花樹が茂り、町に日蔭のある情趣を添えていた。四つ辻の赤いポストも美しく、煙草屋の店にいる娘さえも、杏のように明るくて可憐であった。かつて私は、・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・其故、内容を深く知らない人達はこちらの職業婦人と申しましても、概して工場事務所、商店等に働く婦人が、外面的の労働時間と衛生規則は完全であっても、その物質慾に刺戟されて如何に惨憺たる生活を営んで居るかと云うことも御分りになりますでしょう。流行・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ ずらりと並んだ商店の飾窓から二三尺の距離を保って、森の中でも散歩するような暢やかさで、眺め眺め進む。 余り奇麗な布地でもあると、私は呉服屋の前に立った。 異国風な豊麗さで細々化粧品や装身具などを飾った窓に来かかると、私は、堪能・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・へ行って油田を見せて貰えるつもりでいたところが、生憎その日はペルシアの日曜日――何かの宗教的祝日で、大通りの商店、事務所、すっかり表戸をおろしているのであった。 仕方がないから、自分たちは目抜の通りへ出て地図を買い、通行人に交って街をぶ・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・黒い髪に対して真赤な爪はどんな色彩効果かということは考えられていず、胴長に、ロマネスクのモードの滑稽なあわれさが自覚されていない。商店の広告はアメリカ広告の植民地的真似をしている。自主的な批判力のまだつよめられていない日本の社会の心理に、半・・・ 宮本百合子 「平和への荷役」
・・・ お前は町の目抜の商店に勤めてるんだ。これを忘れちゃいけねえ。小僧ってものは扉口んところへ木偶のようにじっと立っているもんだ」 凝っと立っていることが、活々した子供のゴーリキイにはなかなか出来ない。しかも両腕は肱の辺までべた一面痣やかさ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・村の小学校を出た少年少女は殆どのこらず工場や商店に通うようになり、バスが通りはじめた。 今度の事変がはじまった。先ずガソリン節約でバスがまた一日二三度しか通らなくなったことから始まって、村の空気は段々しかも急速に変化して来た。 近所・・・ 宮本百合子 「村の三代」
出典:青空文庫