・・・…… しかし正純は返事をせずに、やはり次ぎの間に控えていた成瀬隼人正正成や土井大炊頭利勝へ問わず語りに話しかけた。「とかく人と申すものは年をとるに従って情ばかり剛くなるものと聞いております。大御所ほどの弓取もやはりこれだけは下々のも・・・ 芥川竜之介 「古千屋」
・・・それが問わず語りに話した所では、母は当時女の子を生んで、その子がまた店をしまう前に、死んでしまったとか云う事でした。それから横浜へ帰って後、早速母に知れないように戸籍謄本をとって見ると、なるほど袋物屋の言葉通り、田原町にいた時に生まれたのは・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・何でも六月の上旬ある日、新蔵はあの界隈に呉服屋を出している、商業学校時代の友だちを引張り出して、一しょに与兵衛鮨へ行ったのだそうですが、そこで一杯やっている内に、その心配な筋と云うのを問わず語りに話して聞かせると、その友だちの泰さんと云うの・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 店が焼けてから飲み覚えた酒に、いくらか酔っていたのであろう、天辰の主人は問わず語りにポツリポツリ語った。 ――天辰の主人は四国の生れだが、家が貧しい上に十二の歳に両親を亡くしたので、早くから大阪へ出て来て、随分苦労した。十八の歳に・・・ 織田作之助 「世相」
・・・題が、いけなかったんだよ、ええっと、何だったっけな、「或る踊子の問わず語り」こっちが狼狽して赤面したね。馬鹿な奴もあったものだ。「思い出しました。」 いんぎん鄭重に取り扱うに限る。何せ、相手は馬鹿なんだからな。殴られちゃ、つまらない・・・ 太宰治 「渡り鳥」
・・・盗賊が紳商に化けて泊っていた時の話、県庁の役人が漁師と同腹になって不正を働いた一条など、大方はこんな話を問わず語りに話した。中には哀れな話もあった。数年前の夏、二階に泊っていた若い美しい人の妻の、肺で死んだ臨終のさまなど、小説などで読めば陳・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・近頃は西洋人も婦人まで草鞋にて登る由なりなどしきりに得意の様なりしが果ては問わず語りに人の難儀をよそに見られぬ私の性分までかつぎ出して少時も饒舌り止めず、面白き爺さんなり。程が谷近くなれば近き頃の横浜の大火乗客の話柄を賑わす。これより急行と・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・ 翌る年の春、上野の花が散ってしまった頃、ある夜膳を下げに来た宿の主婦の問わず語りに、阪の下の荒物屋の娘が亡くなったと云う話をした。今日葬式が済んだと云う。気立ての優しいよい娘であったが、可哀相にお袋が邪慳で、せっかく夫婦仲のよかった養・・・ 寺田寅彦 「やもり物語」
・・・との前置をおいての問わず語りに、その日雪ちゃんはどうかして主婦に叱られ、そのまま家を出てすべて帰って来ぬ故これから心当りへ尋ねて行かねばならぬとの事であった。その夕方親類のおばさんにつれられて帰って来たとばかり、その上の事情はさらに知る事が・・・ 寺田寅彦 「雪ちゃん」
出典:青空文庫