・・・しかも、おくれた日本の覚醒をめぐる情勢の流れは迅くて、内部にちぐはぐなものを感じ、善意の焦点を見いだしかねているままに、現実は、むき出しな推移で私たちの日常をこづいて、ゆっくり考えてみるために止まる時間さえ与えない。体が、混んだプラットフォ・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・晩年の母の厭世的な、人の善意をそのままに受けられない心理が、寿江子に現われていて、体の悪さが推察されます。困ったものですが、まあ、あちらにタンノウするだけいて、少しは恢復してもらうしかありません。インシュリンもないのだし。ああいう病気は本当・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・その下から、自然発生的に、やがては次第に意識的に、次代のジェネレーションに生きついでゆこうとする要素と、同じ環境から生い立って、その善意のすべてにかかわらず様々の道をとおって壊滅を辿らなければならない者と、それらも大なり小なりの典型として描・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・そういう親は、その人々なりの善意からではあっても、やはり娘一人を家から好条件に片づけ、更にその良人との生活でもちゃんと片づいて置かれたところに落着くことを目的としているわけである。 自分たちの生涯の問題として、結婚をそういう風には考えて・・・ 宮本百合子 「これから結婚する人の心持」
・・・それを訳したことを誇らかに思うような一つの偉大な、善意と努力に満ちた文章であったとしたら、訳者たる者はどこの隅にか自分の人間的寄与の跡をとどめたいと希わなかっただろうか。 現実に対する洞察、理解、働きかけが、外見は全く同一のような二つの・・・ 宮本百合子 「こわれた鏡」
・・・過去の文学運動のプラスとマイナスとに対する慎重な反省から目を逸らさせ、真面目な再吟味の根気を失わせられたことは、それらの作家たちが過去において率直に傾け示した自身の努力、人間的善意の価値に自信を失わせる結果となり、従って、プロレタリア文学運・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・それだからこそ、文章を書く人々の真実性、人間としての善意が、常に新たな光の下で見直されなければならないのである。〔一九三九年九月〕 宮本百合子 「今日の文章」
・・・芸術は、小さい自分というホウセン花の実のようなものを歴史と社会とのよりつよい指さきでさわって、はぜさせて、善意と探求と成長の意欲を人間生活のなかにゆたかに撒くことでしかなかろうと思う。自分を突破して客観的真実に迫ってゆく歓喜が余り深くこまや・・・ 宮本百合子 「作品と生活のこと」
・・・神川平助の性格でもあるのだが、年齢が語る幾歳月の生活感情の習慣が、代官神川の農民救済の善意を独断なものにして、そこからの悲劇がかもされてゆく。その父の仕事を支持しながら、そのやりかたには、人間的に反撥する荘太郎を中心においたとしたら、この一・・・ 宮本百合子 「作品の主人公と心理の翳」
・・・そこで女房は夫のもらう扶持米で暮らしを立ててゆこうとする善意はあるが、ゆたかな家にかわいがられて育った癖があるので、夫が満足するほど手元を引き締めて暮らしてゆくことができない。ややもすれば月末になって勘定が足りなくなる。すると女房が内証で里・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
出典:青空文庫