・・・これもそう無性に喜ぶほど、悪魔の成功だったかどうか、作者は甚だ懐疑的である。 芥川竜之介 「おぎん」
・・・雪見を喜ぶ都会人でも、あの屋根を辷る、軒しずれの雪の音は、凄じいのを知って驚く……春の雨だが、ざんざ降りの、夜ふけの忍駒だったから、かぶさった雪の、その落ちる、雪のその音か、と吃驚したが、隣の間から、小浜屋の主婦が襖をドシンと打ったのが、古・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 二十五年の歳月が聊かなりとも文人の社会的位置を進めたのは時代の進歩として喜ぶべきであるが、世界の二大戦役を終って一躍して一等国の仲間入りした日本としては文人の位置は猶お余りに憐れで無かろう乎。例えば左にも右くにも文部省が功労者と認めて・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・それからまたそれならばといって、あなたがたがみな文学者になったらば、たぶん活版屋では喜ぶかもしれませぬけれども、社会では喜ばない。文学者の世の中にふえるということは、ただ活版屋と紙製造所を喜ばすだけで、あまり社会に益をなさないかも知れない。・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・そして、外国でオルガンを習ったり、ピアノを聞いたりして、たいそう自分が音楽が上手になって、人々からほめられたような夢を見ておおいに喜ぶと、夢がさめて驚いたことがありました。 * * * * * 初夏のある・・・ 小川未明 「赤い船」
・・・ 最初の月給日、さすがにお君の喜ぶ顔を想像していそいそと帰ってみると、お君はいなかった。警察から呼出し状が出て出頭したということだった。三日帰ってこなかった。何のための留置かわからなかったが、やつれはてて帰ってきたお君の話で、安二郎の脱・・・ 織田作之助 「雨」
自分がその道を見つけたのは卯の花の咲く時分であった。 Eの停留所からでも帰ることができる。しかもM停留所からの距離とさして違わないという発見は大層自分を喜ばせた。変化を喜ぶ心と、も一つは友人の許へ行くのにMからだと大変大廻りになる・・・ 梶井基次郎 「路上」
・・・また不完全ながらも心の調子が整うていればまだしもですが、さらにいびつになってできているのですから、様子がよほど変です、泣くも笑うも喜ぶも悲しむも、みな普通の人から見ると調子が狂っているのだからなお哀れです。 おしげはともかく、六蔵のほう・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・実に日蓮が闘争的、熱狂的で、あるときは傲慢にして、風波を喜ぶ荒々しき性格であるかのように見ゆる誤解は、この身延の隠棲九年間の静寂と、その間に諸国の信徒や、檀那や、故郷の人々等へ書かれた、世にもやさしく美しく、感動すべき幾多の消息によって、完・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 村は、歓喜の頂上にある者も、憤慨せる者も、口惜しがっている者も、すべてが悉く高い崖の上から、深い谷間の底へ突き落されてしまった。喜ぶことはやさしかった。高い所から深いドン底へ墜落するのは何というつらいことだろう! 荒された土地には・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
出典:青空文庫